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飛び移った枝を踏み外し、体勢を崩した。すぐに立て直して、別の枝に降り立つ。
疲れている。カカシは四肢の怠さを冷静にそう判断した。だが、一つ息を吐いてから、なおも走り続けた。疲れている、それだけだ。手も足も無事に存在している。ならば立ち止まることは許されない。
里に戻り、火影室へ向かった。さっきまで従事していた任務を、直接火影へと報告するためだ。最近はそれが必要な、高難度高機密の任務が増えていた。人手不足もあったが、カカシが上忍師でなくなった所為だった。
カカシの率いていた第七班は事実上、解散している。子ども達は皆、それぞれの道へ分かれてしまった。カカシはもう子ども達の糧にも盾にもなる必要は無く、こうして一人で身軽に任務をこなせるという訳だ。
報告を終えると、すぐに新しい任務を与えられた。不満は無い。自分が出来る何かがあることをむしろ喜ばしく思った。
今里を離れている金色の子どもは、元気にやっていると言う。火影室を辞す時、そう教えて貰った。
真っ直ぐな目で修行に励んでいるに違いない。その姿が容易に想像できた。とても、強い子だ。ナルトは置いていかれたことに苦しんだが、それでも立ち上がり、追いかけて取り戻すと言った。きっとあの少年ならやり遂げるだろう。
カカシはそれを羨ましいと思った。カカシにはいつも見ているしかできないからだ。
外へ出ると、地平線に太陽が触れていて、薄い水色が橙と混じり合っていた。ゆっくりと夜が来る。すぐに任務だ。カカシは足を早める。だがその一歩一歩は、泥に沈むように重かった。頭痛がし、全身に不快感がある。まるで激しい水圧に押されるようだった。
俯いて、暮れかけた陽で伸びる影を見る。長く黒い影が何故かカカシを責め立てるようで、立ち止まり、額当てごと両目を押さえた。
閉じた瞼の裏に、海に漂っている自分が思い浮かぶ。
とても広く、深い海だ。透き通っているのに底は見えない。波は大抵は穏やかだが、とても大きくうねることもある。波は一定の間隔で何度も何度も寄せて返す。時折はいつまでもいつまでも終わらないように感じる程に、それは続く。自分は手足をバタつかせて水面から顔を出す。水を飲み込んでしまってひどく苦しい時もある。その内に力尽きて沈むかもしれない。だがだからと言って自ら四肢を投げ出し、波に呑まれるに任せるなどできない。何故なら自分は誰かに生かされているのだ。今まで一人でなど到底生き延びて来られなかった。だからこの命は自分のものではない。投げ出したり出来ない。まだ生き延びるべきなら、また誰かがやってきて自分を大海から掬い上げるだろう。それが誰であろうと、そしてその人が自分と引き換えに海に投げ出されようと、カカシはそれに従うしかない。いつも無力に、誰かの手を眺めて生きてきた。誰かが沈んでいくのを掬うことも出来なかった。今までずっと、そうしてきた。きっとこれからもそうだろう。
目を開けても、誰もいない。疲れの所為で感じ取れないのか、人の気配も、夕暮れに鳴く鳥の声もない。世界でカカシがたった一人生き残っている、白昼夢でも見ているようだ。
思わずカカシは振り返って、アカデミーや事務棟のかたまりを仰ぎ見た。
会いたい。そう思った。
イルカに会いたい。会って触れたい。温かいチャクラを感じて、孤独ではないと信じたい――
しばらくそうした後、カカシはもう一度目を瞑った。いる筈もない、と思った。きっと彼は何処かで、里の為に人一倍働いているだろう。
兵糧丸と軽い気付け薬を、奥歯で噛み締める。
「さて、任務だ……」
自分に言い聞かせるように呟いて、歩き出す。
こうして意識などしなくても両の足が動いて歩くことが出来るように、カカシの心もいつも通りに、諦めで満たされていた。