6
任務から戻ってすぐ、事務仕事へ向かった。まだ再開されないアカデミーを横目で見たが、足は止めない。すれ違う忍び達も皆、急ぎ足で過ぎていく。
新しい里長の元で、誰もが懸命に働き続けていた。人手がなく、余裕もない。
イルカも溜息を呑み込んで、歩き続け、火影室へ向かう。
無心で歩いていると、廊下の、途中の窓が開いていて、すっと風が頬を撫でた。熱風ではない、涼しさがある風で、額に浮いた汗が冷える。イルカは立ち止まり、季節が廻っている事実を体感した。
まだ暑いが、夏は終わりかけている。つい先日まではこの時間でも、太陽はまだ白く厳しい光を放っていたものだが、今はもう既に柔らかい橙色になっていた。宥めるような優しい色だ。
しかし、それがやがて赤く染まることを知っているから、穏やかではいられない。季節がどれだけ廻っても、やはりイルカにとって夕暮れは喪失の象徴に思えた。
少年が里を出て行ったのは夜だった。里長が逝ったのはまだ陽の高い内だった。
だがイルカは彼らを思うと、夕暮れに消えていく背中が浮かぶ。立ち止まる自分は赤い火に呑み込まれる彼らをただ見ている。
「絶対に連れ戻す」
反して、ナルトはそう言った。
イルカはその時、ナルトに対して憧憬を覚えた。そしてナルトが夕日に向かって迷いなく歩いていくのが見えた気がした。自分の手を離れていったのを確かに感じた。
自分は独りだ。その判然たる事実を強く思った。
イルカは窓から離れ、全てから目を逸らした。手の中の書類を持ち直し、足を動かす。感傷に浸っている暇はない。
他の誰かと同じくイルカも休みなく働いているのは、里の為、と思うからこそだが、多分に自分の為でもあった。目の前のことに忙殺されていれば、哀しみを忘れていられるからだ。
その時、曲がり角の先、恐らくはイルカの目的地である火影室のドアが開く音がして、人の声が聞こえてきた。
はっとして、足を止めた。聞こえたのが、カカシの声だったからだ。
イルカは、咄嗟に気配を消していた。壁に背中をつけて、息を殺す。
低く、深い、優しい声が聞こえてくる。
――会いたい。
そう思った。たった一目、たった一言、ほんの一瞬だけでも触れられたら。
だがイルカの足は動かなかった。動かそうとも考えなかった。
ただ懸命に気配を消して、強く目を閉じた。
イルカの瞼の裏には、広々とした荒野が浮かんでいた。
そこには誰もいない。何もない。音もしない。色も空気も温度も感じられない。ただ何処までも地平線で途切れるまで荒れ果てた大地が広がる。その真中に自分がいる。動こうとも思わない。きっと何処へ行っても同じ景色だ。時折自分の前を通り過ぎる人間と握手をし、水を貰い、手を振って別れる。歩き続ければ何かに出会えると思ってはいけない。何時誰が通りかかるだろうと考えてはいけない。来た人間を引き止めたら一緒に留まってくれるだろうかと想像してはいけない。期待をすれば途端に、自分は飢えと渇きを覚えて苦しむだろうから。
目を開けると、窓の外はもう暮れかけていた。
陽は日々落ちて行き、赤く空を染める。これまでもそうだった。だから、これからもそうだ。淡々と、いつまでも続いていく。
「さ、仕事だ……」
誰にともなく言い訳染みたことを呟いて、歩き出す。カカシの気配はもう何処にもなかった。それを残念に思いながら、やはり安堵もしている。
ほら、自分はこういう人間だ。イルカは自嘲した。
ナルトのように何かを追い求め続ける強さなど、ないのだ。