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  カカシは久しぶりにゆっくりと歩く里を堪能していた。
 九尾の騒動の後、暗部に入ってから、十年程。任務に次ぐ任務で、里へ帰っても瞬身で移動し、与えられた部屋へ戻り、寝るだけだった。のんびり里を眺めようとは思いもしなかった。
 不満はない。それがカカシにとって普通のことだったからだ。時代も悪かった。大戦や九尾で力のある忍びは粗方いなくなってしまい、里の戦力は落ちに落ちていた。生き残ったカカシが彼らの分まで任務をこなすのは当たり前のように思えた。彼らが命を賭けて守った里の為に、出来るのはそれだけだ。
 それに、そういう生活も嫌いではなかった。余計なことを考えなくて済む。煩わしい雑事に関わらずに済む。だから里が落ち着いて暗部を抜けても、同じ頻度で通常部隊の任務を受け続けた。そういう任務続きの生活が長年の習慣のようでもあったし、今更里で落ち着いてもやることもない。そう思っていた。
 だが、実際里に落ち着くことになってみると、そう悪いことでもないように思えた。幼い頃から任務に出ていたカカシには家である筈の里もまるで知らない土地のように新鮮に見え、物珍しいもので一杯だから、暇は潰せる。それに、ただこなすだけの任務より、今日からはもっと、遣り甲斐のあることができるのだ。
 カカシは今日、上忍師となった。
 前々から何度も下忍候補をテストしてはいたが、落としていた。カカシのテストは厳しいと言われているらしいが、カカシとて面倒だとかそう言ういい加減な気持で落とした訳ではないし、落としたくて落とした訳でもない。良い忍びになると確信できれば合格させる気だった。良い忍びになれば、生き残る確率も高くなる、全ては下忍の為だ。そういう忍びに会いたいとさえ思っていた。
 それが今日、やっと合格を言い渡せる下忍達に出会えたのだ。
 面白い三人だった。九尾の子だとかうちはの生き残りだとかいう、予備知識だけでも面白いのに、会ってみたらもっと面白かった。反発し合って、それでも共に生きていこうとする姿を見て、あるいはこの、平和で、しかしどうもきな臭い時代でなければ、こう言う子は生まれなかったのだろうかとカカシは思った。子ども達は伸び伸びと、そして何処か切実に絆を求めて手を伸ばしていた。
 それは、面白いと思ったと同時に、カカシに郷愁を感じさせた。昔、そういう三人の中に自分を入れてもらえた時代を思い出したのだ。もう失われてしまったものが、少々姿を変え、眼前にあった。
 しかしそれを見ても、カカシは多少の懐かしさと既視感に酔っただけで済んだ。カカシの立場が生徒から先生へと変わったように、鋭い痛みでしかなかった過去も変わっていくのかもしれない。

 きっともう、仕舞っておいた昔の写真を痛みなく見れる。今日合格を言い渡したあの三人と一緒に撮るのも良い。写真立てに入れて、二枚並べて飾るのだ。ミナト先生がしていたように。
 夕空の下を、報告のために受付へとゆっくり歩きながら、カカシはそう思った。
 夕焼けは喪失を思い出させる。けれどそれ以上に、手にしていた大切な何かをいつまでも思い出すための縁となってくれる。何もかも、悪いことばかりではないのだ。

 報告書受付は少々混雑していた。火影様には直接報告が終わっているので、急ぐこともない。火影直属の暗部任務が多かったカカシにとっては受付も物珍しいので、観察しながら待った。
 カカシの並ぶ列の人間が少なくなっていくにつれ、正面の窓から射す西日が眩しくなる。自然と俯きがちになった。
 報告書を差し出した時も、受付の人間よりその手元を見ていた。その人は報告書を受け取りざっと斜め読みしたと思ったら、ふと「合格ですか」と呟いた。カカシは反射的に「ええ」と答えた。火影様からナルトのアカデミー卒業の騒動と、その中心人物の教師が受付にいると聞いていた。彼がそうなのだろう。
 彼は顔を上げた。その途端、カカシは時が止まってしまったかのような錯覚を覚えた。
 彼は、昔、冬の夕暮れに出逢った少年だった。カカシにはすぐに分かった。あの日名も告げず、言葉無く別れてからもカカシはあの些細で大切な出来事を忘れることがなかったのだ。
 彼はあの日、夕日を眺めたあの時のまま、真黒な澄んだ瞳に癒されることのない苦しみを湛えながらも、しかしそのチャクラのように明るく朗らかな青年となっていた。彼はイルカといった。
 初めて名乗り合って、挨拶をする。イルカは、あの日終ぞ見なかった、見せる気配さえなかった笑みを見せた。それは、途方もない苦しみなど微かにも感じさせない、素晴らしい笑顔であった。しかし、最早それを知ってしまっているカカシには、確かにその瞳の奥の苦しみを感じ取れるように思った。
 笑顔はもちろん本当のものだ。しかしその奥に苦しみを隠している。それはイルカの中で決して相反しないのだ。月の裏側を見ることができないのと同じであるように。
 イルカのチャクラは相変わらず眩しいほど明るかった。肩に触れたその温かいチャクラの記憶は、カカシが夕日を見る度に、独りではないということを確認させる。カカシは自分の胸を照らしたそれを懐かしく思った。
 しかし、イルカはカカシのことを覚えていないようだった。
 それどころか、カカシの、瞳の奥を見通すような視線に怯えるように、カカシから目を逸らした。カカシはそれを残念に思ったが、しかし納得もした。あの何処までも続く苦しみを奥に沈めて生きていくことに決めたのなら、それを覗きこみ暴き立てるカカシは邪魔者でしかないのだから。







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