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 九尾の事件の後、両親と住む家を失ったイルカは、里からアパートの一室を与えられた。
 そこは住み慣れた家とはまるで違った。何もかも触れるのが躊躇われるほど真新しく、真ん中に立てば見えない場所がないほどに狭かった。
 初めはそれが、とても苦痛だった。イルカにとって家とは、何があろうともそこに行けばバリアで覆われているように、安全で快適な場所のことを言った。だが、そこにはただ、静寂しかなかった。
 もちろん住み続ける内にそれには慣れる。個人的なスペースにおいて、静寂はむしろ必要なものだ。
 ただ、イルカにはアカデミーで笑い声に包まれている時間があった。その後に、静寂に戻ることが辛いのだ。それでも、人を拒絶することは出来ない。後が辛いと知りながら、アカデミーでは馬鹿をやって、むしろ笑い声を自ら求め続けた。
 そして皆の笑顔の中にあって、いつも、独りなのは自分だけのように思えて辛かった。

 ナルトが苦しんでいると分かったのも、自身がそうだったからだ。決して、良い教師だからでも、思慮深い大人だからでもない。
 他の生徒にだってそうだ。自分が子どもだった頃のことを思えば、あの子たちのことは手に取るように分かった。
 だから独りだと思うことのないように、せめて一時だけでも寄り添ってやりたい。どうかあの頃の自分と同じ苦痛を感じることがなければ良いのにと、思う。
 それはつまり、自分の過去にのみ囚われ続ける、視野の狭さであろうと、イルカは考えていた。生徒に同調する度に、自分は未熟だと反省している。

 ある夕刻、イルカはもう一度、それを痛感した。
 報告書受付で、そろそろ下忍たちが帰ってくる頃だろう、と外を見た。
 辺りはまだ明るかったが、遠くの空は赤と紫で染まっている。雲が多く、陽は見えない。色味だけで暮れているのが分かった。人も樹も全てが一緒くたに、薄らと暗く影っていて、妙に人気がないように見える。
 その中を、間違える筈もない、第七班の4人の影がやってきた。
 サクラが跳ねるように軽やかに、その横を同じリズムで淡々とサスケが歩いていて、そしてその半歩後ろに、ナルトがいる。
 そこに向かいから誰か数人が来た。それが誰なのかは影っていて良く見えない。
 彼らが近付くと、ナルトの足は遅れがちになり、少し俯いた。もしかしたら彼らに何か言われたのかもしれない。冷たい、嫌な目で見られたのかもしれない。
 イルカはそれを見ているしかなかった。歯噛みする思いがした。
 だが彼らとすれ違う頃、子ども達の一歩後ろにいた人が、すっと、ナルトの横へ動いた。きれいに全て赤く染まった髪が見える。カカシだった。
 それはささやかな、さり気ない自然な動きだった。意識して見なければきっと分からなかったろう。
 だが確かに、それは意図的なものだった。彼は他者の延長線上に入り込んだのだ。まるで、ナルトの盾になるように。
 イルカは、泣かずにはいられないような気持ちがした。
 きっとあれが正しいのだ。中忍試験のこともそうだった。子ども達に対しては、信じ、見守るだけで良い。イルカは幾度も幾度もその光景と、子どもの頃イルカが三代目にかけて貰った言葉を思い返した。
 彼らに比べて自分はこんなにも未熟だ。
 何故ならイルカは羨ましい、と思ったのだ。カカシの、ああして子ども達を見守る強さが。そして、それを受け取る子ども達が。

 受付の椅子に戻ると、程なくカカシがやって来た。
 報告書を差し出すその手に触れないよう、慎重に避ける。震える程、緊張したのを、書類をじっと読むことで紛らわせた。

 カカシの去っていく背に、暮れる陽が射す。赤く染まる髪に一瞬見入り、すぐに視線を離す。長く見ていれば、もっと昔を思い出してしまいそうだった。そして、その背を追ってしまいそうだった。
 受付の誰かが冗談を言って、皆が笑う。イルカも、赤い陽を見ないように、殊更に目を細めて笑った。







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