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 目が覚めて、始めに見えるのは草臥れた木造の天井だ。この光景にも大分慣れた。不思議な街に閉じ込められて、1週間近く経っていた。
 相変わらずイルカの家でやっかいになっている。結界を調べ回り、今すぐに解くのは無理だという結論に達し途方に暮れた俺に、イルカがしばらく居て良いと言ってくれたのだ。
 イルカは親切な人間だった。それも押しつけがましくなく、無理のない自然な態度で、居心地の良い雰囲気を持っていた。俺は小さい頃から一人暮らしだったし、忍びとして人の気配には敏感だから、誰かと暮らすなど難しいと思ったが、イルカとは不思議と不都合を感じなかった。
 何事もなく、イルカと俺は昔からそうしていたみたいに同じ空間を共有できた。

「どうぞ」
 イルカが白米を盛った茶碗を差し出して来る。食事の用意は交替で行っていた。俺がそうしたいと望んだからだ。今朝はイルカの当番だった。俺がどの程度の量の飯を食うのか、イルカはもう覚えた。俺もイルカの飯の量を覚えている。長い付き合いのアスマやガイの飯だって気にしたこともないのに不思議なものだ。
 朝食が終わると、イルカが身支度をし、俺が使った食器の片づけをする。イルカが何か言う前に俺は動いた。そうするとイルカが嬉しそうに笑ってくれる。イルカの笑顔は忍びの里では滅多にお目にかかれない屈託のないもので、俺は気に入っていた。世話になっている感謝もあったが、イルカのそういう顔が見られるという目当てもあった。
 それから連れ立って外に出て、同じ道を歩く。通りはいつも静かだが、溌剌として明るい。木の葉の里の早朝の雰囲気に似ている。
 しかし、この不思議な街は、木の葉の里より遥かに、奇妙なほどに平和だった。誰も出られない、誰も入れない、閉鎖的な空間だから、争いも無意味でしかなく、共に助け合っていくしかないからだろう。カカシが入り込んだ人間だと分かっても、物珍しいというような目では見られたが、非常に友好的に接してくれた。閉じ込められた当初は、何処かの隠れ里の罠かと思ったものだが、どうも違うようだった。この街で忍びを見たことも、気配を感じた事もなかった。ただ、街はひたすら平和だった。
「じゃあカカシさん、また」
 角まで来ると、イルカが片手を上げて道を曲がる。この先の学校へと向かうのだ。イルカは学校の先生だった。子ども達にはもちろん、街の大人達皆にも、イルカ先生と呼ばれ、慕われている。カカシが街の人間に友好的に接してもらえるのは、傍にいるイルカのお陰でもあるのかもしれない。

 俺も手をひらひらと振り返して、学校と逆の道へ曲がる。森へと向かう為だ。
 結界を見つけてから、街中を調べ回ったところ、街を丸く取り囲むようにして結界が張られていることが分かった。そして更に良く調べてみると、俺が倒れていたという森の結界が、一番大きくチャクラの流れが見えた。恐らく中心地といえる場所だろう。
 ここ数日、知り得る限りの解の印を結んだが、結界に反応はなかった。手当たり次第に試しても無理なら、詳細に調査し、そこから解決の糸口を探っていくしかない。中心地であろう森をまず調べることにしていた。居心地の良い宿も得た訳だし、じっくりやっていこうと思った。

 しかし、そこに着いた途端、突然、今までとは違う何かが感じられたような気がした。
 結界に近寄って手を触れる寸前まで伸ばす。指先がちりと疼くような感覚がする。まだ言葉にはできないほど微かに、俺の身体の中の何処かが、何かを感じ取った。
 俺は心を静め、疑念や不安や先入観を取り払って、結界を見た。

 しばらくして、感じる違和感が何なのか分かった。
 しかし謎は更に深まった。

 不思議なことに結界には自分のチャクラが感じられたのだ。
 写輪眼も使って観察してみたが、間違いなく自分の結界、自分のチャクラだった。

 こんなものを張った覚えはない。それに、自分の結界なら簡単に解ける筈だ。
 しかもこんな巨大な結界、俺のチャクラ量じゃ三日が精々だろう。
「どうなってんのよ……?」
 呟きながら、更に集中し、観察を続ける。
 数センチずつ微細な範囲でじっと見ていった。すると、上の方に行くに従って、チャクラが絡まったような不自然な歪みがあることを発見した。印が不完全であったか、チャクラが足りなかったか、そういう原因が考えられる。
 だが、そうだったとしたら、結界など出来ないか、あるいはすぐに解けてしまうものになるのだ。この結界はそうではない。見たこともないほどに堅固なのだ。
訳が分からない。俺は観察を中止して、座り込んだ。

「――はたけ上忍」
 突然、混乱する俺の背後で声がした。
 夢中になっていたとはいえ、気配を全く感じなかった。幸いにも殺意はない。念のため俺はクナイに手をやりながら立ち上がって振り向いた。

 そこには一人の少年がいた。
 少年を見た瞬間、俺は、何処かで会ったことがある、と感じた。
 歳は恐らく十かそこらだ。黒い髪を頭の天辺で一つに結んでいる。そして鼻筋を横に真っ直ぐ貫く特徴的な傷があった。
 会ったことがあると思ったのも当然だ。少年はイルカに似ていた。似ているというより、彼をそのまま子どもにしたような感じだ。
 しかし雰囲気が全く違う。明るい存在感のあるイルカの雰囲気とは全く正反対だ。少年は暗闇で潜む小さな野生の動物のような、ひっそりと冷たく孤独な目つきをしている。
「ここから出たい?」
 少年は高い声で言った。俺は少年を探るように睨んだまま、何も答えない。
 すると少年は答えなど分かっていると言いたげに微かに目を細めて笑った。
「ここはね、簡単には出られないよ。いや、簡単かな。」
 からかうような口調で少年が言う。核心は話さないが、明らかに自分はここから出る方法を知っていると仄めかしていた。
 少年が何者かは分からない。俺が今一緒に住んでいるイルカの姿を取ることにも何か意図的なもの、はっきり言えば罠の匂いを感じる。しかしこちらには情報が不足していた。罠や嘘であろうが、手に入るものなら手に入れておくべきだ。嘘の裏側に真実は隠れている。それを見つけることが出来るなら、嘘にも価値はあるのだ。
「どういうことだ?」
 俺は簡単に聞く。罠だったとしてもそう易々と話したりはしないだろうと思ったが、意外にも少年は俺にすぐに答えた。
「ここを出るにはね――」
 そう言って、僅か目を細める。
 途端、俺は何故か不意に瞼が重くなった。何が起こったのか考える間もなく、立っていられないほどの眠気に襲われ、膝を地面に着いた。反射的に幻術かと思い、写輪眼を出すが、何も見つけられない。取り囲む結界から自分自身のチャクラが感じられただけだった。
「時間切れだ。今はここまでみたい。じゃあね、はたけ上忍」
 完全に意識を失う瞬間、少年がそう言ったのがかろうじて聞こえた。





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