目覚めると、見慣れない天井が目に入った。
 一瞬混乱しかけたが、イルカとかいう男の部屋だと思いだした。
 襖を開けると、イルカがちゃぶ台の前に座っていた。
「大分顔色が良くなりましたね」
 俺を見て、そう言い、にっこりと笑う。俺は何故か、その表情に、激しい既視感を感じた。以前に見たことがある、そう思ったが、いつのことなのか思い出せない。きっと記憶のない昨晩のことなのだろう。
「飯、食べられますか」
 ちゃぶ台の上に、小ぶりの鍋と、数品の総菜が並んでいる。俺が起きてくるのを待っていたのか。
 その気遣いに、申し訳ないとは思ったが、状況把握が先だった。
「それより……ここはどこなの?」
 俺は確か、任務中だった筈だ。国境付近のテロ行為阻止が目的の、二小隊、全八名での任務だった。相手の人数や力が全く未知であった為、多め、多様なメンバーが集められていた。良く知らないメンバーとの任務だったが、無事ターゲットを捕捉、拘束できた……筈だ。しかし、その後、記憶があるのは、動かなくなった体を横たえ、風に揺れる木々の葉擦れを眺めていた、という場面だった。ターゲットを捕捉した森で何か起きたことは間違いないが、それを思い出せない。それに、あの森の近くには街や村や、とにかく人の住む集落は無い筈だった。イルカは長い距離俺を連れてここまで来たのだろうか。謎は多かった。とにかく一つ一つ聞いていくしかない。
 しかしイルカは俺の問いに、答えを持たなかった。
「ここは……どこなのか、俺にも良く分かりません」
「分からない? なんで?」
「この街は、名前はありません。俺はいつの間にかここにいて、ここから出たこともないんです」
 眉を寄せて、イルカはそう言った。
 俺は混乱する。実に突飛な話だったが、イルカは嘘を吐いているように見えない。何が起きているのか。
「じゃあ、俺を見つけたのは何処? ここから遠いの?」
 聞けば、そう遠くないと言う。俺はイルカの用意してくれた食事を一口も摂らず、イルカを引っ張るようにして外に出た。
 栄えた街だった。大きな建物が多い訳でもなく、派手に飾られてはいないが、良く計画され、きっと住みやすい街だ。森へ続く道で、住宅地や商店、人々の流れを見ながらそう思った。
「この辺りです」
 やがて、森へと着き、イルカがそう言った。辺りは俺が最後に見たのと同じ、葉擦れが盛大に鳴る、木々の間であった。
 見ていくと、何か、爆発があったような跡がある。ターゲットの中に爆発物を扱う者がいた。そいつがやったのだろう。俺は爆発に巻き込まれ、倒れたのだろうか。
 ならば、近くに仲間もいる筈だった。俺は更に森の奥へと進む。地形は、任務中、ターゲットを捕捉した森と同じであるようだ。しばらく行って、爆心地らしき所の近くに、俺のクナイホルダーが落ちているのを見つけた。やはり、ここでミスって、爆発に巻き込まれたのだろう。
 しばらく探し回ったが、仲間も、その痕跡も見当たらない。死体もないということは、きっと俺のように無事だろう。一先ず安心した。
 念の為もう少し調べてから、と木々を抜けていくと、突然、ぽかりと開けた場所に出た。木々が取り囲むように半円を描いている、その中央に、俺は信じられないものを見た。
 半透明の膜のようなものが、天へと伸びている。
「――結界?」
 思わず呟いた。そう、それは見慣れた簡易結界だった。
 何故こんなところに、と不審に思いながら、結界に沿って横へ移動していく。行けども行けども結界は途絶えない。どうも緩やかに湾曲しているように見える。やがて森が終わるところまでも行き着き、また街へと戻ってしまっても、結界は同じようにそこにあった。
 まさか、と思い、ずっと黙って後ろをついてきていたイルカへと振り返る。イルカの先程の不思議な発言を思い出したのだ。――いつの間にかここにいて、ここから出たこともない。
 何も問わずとも、イルカには分かったらしい。彼は少し哀しげな顔をし、口を開いてこう言った。
「誰も、出られないんです、ここから」





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