誰かに呼ばれたような気がして耳を澄ませた。
しかし、聞こえてくるのは、大勢の人が一度に話しているような、ざわざわという音だけだった。何なのだろう、と目を開けてみると、それは、頭上に広がる無数の木の葉の葉擦れであった。
心地良い風が吹いている。数枚の葉が散って良く晴れた空に飛んで行った。綺麗だった。
あの葉のように自分も何処かへ飛んで行きたいと考え、しかし、直後、風になど乗れる筈がない、自分の体の重さに気がついた。
指一本も動かせない。全身を見えない何かに押しつぶされているような圧迫感を感じる。そう意識したとたんに辛くなった。瞼が落ちていく。ああ、遂に死ぬのか、とぼんやりと思った。
ふと目が覚めると、寝台の上だった。
どうやら死ななかったらしい。地獄や、まさか自分が行けるとは思わないが天国とかいうところにしては庶民的すぎる。寝台の脇の窓の外で、雀が呑気に鳴いている。内装なども、普通の、木の葉の里でも良く見るようなアパートの一室にしか見えない。
動けるようなので、身を起し、見渡すと、身に付けていた筈のベストやポーチが壁にかかっていた。まさか鬼や天使がかけてくれる筈もなかろう。
まだ完全に回復はしていないので少しふらついたが、立ち上がることができた。クナイが見当たらなかったので、ポーチから手裏剣を取り出し隠し持って、次の間に続く襖をそっと開けた。
そこはどうやら居間のようだった。誰もいない。ちゃぶ台がぽつんと真中にあり、雑誌が隅に積んである。清潔だが、洗練されていない、そこらの男の一人暮らしを絵に描いたような部屋だった。
「――あ!」
突然横から声がした。構えてそちらを見ると、男が一人立っていた。
「良かった。目が覚めたんですね」
男は構えられた手裏剣に目もくれず、にっこりと笑うと近付いてきた。無造作に手を上げて、俺の方へ伸ばす。普通なら避けるなり手裏剣を投げるなりする筈だったが、俺は躊躇した。咄嗟に動けないほど素早かった訳でも、術をかけられた訳でもない。その手が余りにも自然で、邪気がなかったのだ。手は、俺の額へぴたりと張り付いた。
「うーん。まだちょっと熱があるみたい、ですね」
男は、手裏剣にもこちらの動揺にも気付かないのか、呑気にそう言った。もう少し寝ていた方が良いですよ、と俺を寝室へ追い返そうとする。
「アンタ……何なんだ?」
男のペースに乗せられているようで癪に障り、もう一度構えて男へ向き直った。
「ここは何処だ? 何故俺をここに?」
殺気も露わに問いただしたが、男はきょとんとした顔をした。俺はしばらくそれを見ていた。
男の背後でことことと、何かを煮ている鍋の音がする。褪せた色の畳の上、ちゃぶ台の横で、Tシャツに短パンというラフな服装をした馬鹿面の男。俺は毒気を抜かれた。
「ごめん。俺の勘違いだったみたい」
俺は戦闘態勢から引いた。男はまだきょとんとした顔をしていたが、数度瞬きをしてから合点がいった、というように頷いて、俺の背中を押した。寝室へ戻したいらしい。
「熱で混乱してるんですね。とりあえず寝台へ戻りましょう。ここは安全ですから、落ち着いて」
男がやはり呑気な口調でそう言う。俺はとりあえず寝台へ戻った。元の通り、寝台の上で横になると、男はその傍に座った。
「倒れていた貴方を森で見つけて、連れて帰ったんです。ここは俺の家。俺はイルカと言います。怪我はないみたいだけど熱があったから、寝ていて下さい」
一気に男がそう言った。男の説明によると、これは既に昨晩、森から連れ帰る時に交わされた言葉らしい。熱とチャクラ切れの朦朧とした意識の中でのことだったせいで覚えていなかったのだ。初めて会った筈なのに何となく感じた親しみや、伸ばされた手の自然さは、もう既に昨晩から共にいたからだった。道理で反射的に身体が動かなかった訳だ。
「まぁ、詳しいことは元気になってから話しましょう。もう少し寝て下さい。後で粥を持って行きますから」
そう言う男の声が遠くなっていく。状況は全く掴めないが、本能が危険はないと告げていて、途端、眠気に襲われたのだ。
隣で男が笑った気配がしたような気がした、その直後、俺は眠りに落ちた。
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