「それはよぅく眠れるさ。まるで死んだようにね」
そう言った鳥面は眠らない男だった。幾度か任務を共にしたことがあるが、一度も眠っているところを見たことがなかった。鳥面からしても、カカシがそうだったろう。
ツーマンセルでのある任務中、交代で休憩を取ろうと決めても、どちらも眠らなかった。
「眠らないのか」
そう聞かれて、カカシは「明る過ぎる」と答えた。今夜のように月の鮮やかな夜だったのだ。
「そうか」と興味無さそうに鳥面は答えたが、しばらくしてから「良いところがある」と、この奇妙な部屋を教えてくれた。

確かに、ここは良く眠れた。教わってからもう何度もここへ来て、貪るように眠っていた。
今夜はどうだろう、と思いながら、カカシは寝台に横になろうとして、忍服が汚れきっていることに気付いた。土遁を多く使った所為で、血でなく土埃ばかりだ。
少し迷ってから、クナイを一本だけ取り出しておいて、装備を外し、服を脱いだ。眠るならこの方が良い。
そっと男の隣に滑り込んだ。少し肌寒い気がして、掛け布も半分分けてもらう。男の体温で、寝台全体が温かくなっているように感じられた。
男は元より何も身に着けていない。素肌の腕が触れ合った。こんなに温かいのに、男の肌は存外さらりとしている。耳鳴りがする程、静かな夜だった。男のさらりとした皮膚の下で、血液がゆっくりと脈打っているのさえ聞こえてくるような気がした。
温かい男の腕から、とろとろと何かが流れ込んでくるような心地になって、カカシは眠気を感じた。
半ば夢を見るように、こんな風にして鳥面もここで眠ったのか、と思った。
相手はこの男だっただろう。どうしてだかは分からないが、何となく、そういう気がする。きっと、男の高い体温に包まれるようにして、深く眠ったのだろう。言葉通りに、まるで死んだように――。

不意に、カカシの腹の底が燃えたように熱くなった。
自分は一体ここで何をしているのだ、と激しく思った。
カカシは物心つく前からずっと忍びとして生きてきた。常に生き死にの線の傍で過ごし、それを掻い潜る術を得てきた。忍びとしての自覚も、自信もある。
鳥面だとてそうだ。カカシは間近でその腕を見てきた。至極優秀な忍びと言えるだろう。
そんな自分たちが、こんなところで安心して、他人と一つ所で眠っている。まるで赤子のように楽々と寝かしつけられている。そんなことはあって良いことではなかった。
急に、隣で穏やかに眠り続ける男が、殺してやりたい程憎々しく思えた。

カカシは掛け布を蹴飛ばして寝台から落とし、上体を起こした。
「起きろ」
低い声で言いながら、晒された男の肩を強く掴み、無理にこちらへ向かせて揺さ振った。男はそれでも目覚めない。全裸の身体を、粛々と、投げ出して眠り続けている。
不遜だ。カカシの前でこんなに無防備に眠れるなど。カカシがちょっとした気紛れを起こせば、こんな男など骨も残さずこの世から消してしまえるというのに。
「起きろ」ともう一度言い、肩を砕かんばかりに掴む。筋肉の自然な動きとして、痙攣のように男の指先が震えた。そして、首にかかるほどに長い髪が一部だけ別の生き物のようにするりと滑らかに動いて落ち、厚みのある耳が露わになる。僅かな光でもあれば、陰影を持って多少なりとも美しさを主張するのかもしれなかったが、この暗過ぎる部屋の中ではそうはいかなかった。何も聞こえてはいないそれは、不気味で不可思議な物体に見えた。しかしそれが却って目が離せなくなった。

吸い寄せられるように、カカシはそこに唇をつけた。耳殻を描いている複雑な曲線を一本一本舌先でなぞる。その行為は突発的ではあったが、必然であり、また合理的であるように思えた。
初めてここに来た時、医療忍の女が「信用できる方」と言った。それを裏切るには、何も殺すばかりが手段ではない。
カカシは微笑いながら、這わせていた舌を耳から首へと下げていった。同時に肩に置いていた手もぴたりと肌に密着させながら下げていく。骨よりも筋肉の凹凸が感じ取れる。その上のささやかな脂肪と、さらりとした皮膚を手の平で隈なく味わった。
こういう悪さをさせない為に女ではなく男が用意されているのだろうが、忍び相手にそんなことは何の意味もない。カカシは男を相手にしたことはないが、やり方なら知っている。ある程度の忍びなら誰でもそうだろう。
床に落としてあったポーチから血止めの軟膏を取り出す。片手にそれを持っておきながら、唇で脹脛の僅かな脂肪の柔らかさを楽しみ、膝の辺りの固い骨を齧った。男は目覚めないが、しかし生理的にであろう、拒否するようにそこかしこが震えて捩れた。もし目覚めていたなら、きっとカカシに慄いて許しを請うだろう。そう考えながら、男の膝裏に手を置き、片足をゆっくりと持ち上げた。
そこが使い込まれているか否かを判断する俗説は、女と違って目安にならなし、この異常な暗闇の中では忍びと言えども判断できない。それに男が経験があろうとなかろうと、カカシには関係がない。優しくしてやる気は更々ないからだ。
軟膏を指に取って塗り込め、一気に突き入れる。男の、押さえている膝裏より先の足が、跳ねるような動きをした。
カカシにとって慣れない行為だったが、嫌悪感より好奇心と征服欲が勝っていた。突き入れた指を、貪欲に内部の熱さを余さず感じ取ろうと強く擦り付ける。その度に、男の腿の筋が浮き上がって震えた。それは首筋をかっ切られた直後の人間の動きに似ていた。今正に魂を失おうとする肉体が最期に上げる断末魔の悲鳴だった。
カカシはそう命を奪うまではいかなくとも、さぞ男を打ちのめしただろうと思い、上げた片足の向こうの、男の顔を見た。

男は、右側に顔を傾けて、頬を枕にぴたりとつけていた。
首筋を伸ばして、何かを一心に見つめているような格好である。長い髪はその見つめるべき何かの反対側に散らばっていたが、乱れず真っ直ぐに秩序を持っていた。
その清潔な様子に、自分は何をしているのだろう、という純粋な疑問を感じた。
ふっと、熱が冷めた。埋めていた指を抜き、押さえていた男の腿を下ろす。だが惰性でそのままやや膝が立てられたようになっていた。その足を戻し、幾度か角度を変えてやって、ようやく落ち着いた。
カカシは自分の濡れた指が、居た堪れない程恥ずかしくなって、シーツの端で指先を拭った。それから寝台の下の掛け布を取って、健気に眠る男の裸身を覆ってやる。
男は、高い体温も、さらりとした肌もそのままに、やはり死んだように眠り続けていた。

カカシはしばらくその様子を眺め、為す術もなくただ、眠りたいと思った。
横たわるとすぐ、それは叶えられた。そうして生涯で体験したことがない程、深く深く眠った。


→第5夜



なんか、…飽きた……(すいません)