それからは一転してその部屋のことが頭から離れなくなった。
夜は常に任務に出ていたが、それでも移動中や僅かな休憩中に、腕に触れていた男の指先を思い出し、ひたすら身体休めるだけの昼の間には、あの深過ぎる闇を懐かしく思いさえした。
しかし奇妙だったのは、こうして昼間考えてみると隣で眠った男の顔を詳しく思い出せないということであった。
しっかりした骨格の滑らかな円い肩だとか、きちんと引き結ばれていた唇だとか、切れ切れのパーツは鮮明に思い描けるのに、全体の印象や、顔の様子となると、途端に靄がかかった。
医療忍が関わっていることから見ても、何らかの術であるということは明らかだった。それに異議を唱えるほどカカシは幼くもないし、また忍びとして未熟でもない。向こうからすれば、それが必要だから為したまでだ。それは理解している。だがしかし、ただ漠然とした不満のようなものを薄らと感じた。
そんな曖昧な何かと黒々とした暗闇を、こねくり回して過ごし、時間が空けばそこへ行った。夜には任務があることの方が普通だったので、毎日のようにとはいかなかったが、極頻繁に通う。
いつ行こうと迎えてくれる女にはやはり驚く様子はなく、また例の部屋ではいつも同じ男が眠っていた。それ以外には誰一人いたことはなかった。

「ご贔屓でございますね」
ある夜、今まで無駄口を一切きかなかった女がそんなことを言った。通うようになったカカシに気安さを覚えた為であろう。カカシも途端に、固く閉じていた口が緩くなった。
「いつ来ても寝ているの」
「ええ、夜の内は」
「同じ人?」
「ええ、今は」
女の口振りは、質問には答えながらも反応が薄かった。それは答えられない為とか、カカシの話に意識を向けていない為というより、こんな答えなど無意味だ、と言いたげな響きがあった。
ただ、特に何かを隠そうだとかの意思は感じられないので、カカシが一々聞けば全て教えてくれそうだった。
今までは聞くことが許されそうにないと感じていたから口に出さなかっただけで、疑問は幾らでもある。だが同時に、どうせ何を聞いても明らかにはならないというような、確信的過ぎる諦めもあった。
結局それ以上細かく問うことが出来ずに、女と共に、次の間へ続くドアの前に立った。女が意味あり気にこちらを見る。それは単に、入室するのを促す視線であったのだろうが、カカシは何か別のものに感じた。
「ここは、一体……何なの」
ふとそう言っていた。そんな間の抜けた問いに、女は至極真面目に頷いてから、「それは貴方様が一番良くご存じでありましょう?」と薄く笑った。
カカシがその意味を考える間に、女はドアを開けた。元々こちらにも最低限の灯りしかなかったので、例の異様なほど暗い部屋の闇は照らされることもなく、むしろ粘性を持ってゆっくりと漏れ出すように感じられた。

「それは貴方様が一番良くご存じでありましょう?」
女の言葉を考えながら、眠る男の顔を眺めた。
その夜は男は、顎を少し上げて、仰向けに寝ていた。規則的に上下する腹の動きで、薄い掛け布が一々波打った。
男の体温で温まった寝台で、横向きにカカシは寝そべり、控えめに広がる長い髪から、掛け布で隠される鎖骨のすぐ下まで順に、じっと観察した。
緩く閉じた瞼の縁に隙間なく埋まっている睫毛を撫でてみたところで、不意に眠りは訪れ、記憶は途切れた。
朝、刻限であると知らせに来た女に促されてその部屋を出ると、やはり男の顔も睫毛の感触も覚えてはいなかった。



→第4夜


ちなみに、これはミステリではないので、特に謎が解けたりはしません。ごめんなすって。