Ⅰ− 2


 玄関のドアを開けてくれたイルカの姿を見た瞬間、堪らなくなって腕を伸ばした。なけなしの理性で、後ろ手にドアを閉める。
 イルカを抱き寄せると同時に唇を合わせ、合わせると同時に舌を差し入れた。驚いたのだろう、短い呻き声を絡め取ってしまえば、あとは彼の舌も柔軟になってカカシに応えてくれる。
 彼の口内は懐かしい歯磨き粉の味がした。毎日のように彼の家で歯を磨いていた頃は、カカシの舌も同じ味だったのに。近頃は忙しくて、この味さえ忘れかけていた。

 今、ペインの襲撃後にほとんど更地になってしまった里の復興の為、全ての忍びが身を粉にしている。
 元々外へ出る任務の多かったカカシはもちろん、イルカも不規則に任務に出るようになった。お互い忙しいのは以前から慣れていたが、こんなに会えずにいたのは恋人になってから初めてだ。
 それまで二人がどれだけ忙しくとも、顔くらいは合わせられた。それはイルカが勤務時間の規則的な内勤だったおかげでもあるが、家の存在が大きかったのだとカカシは痛感していた。いつもイルカの家に行きさえすれば、出迎えてもらえたり、彼の帰りを待ったり、少なくとも寝顔だけでも見ることができた。
 その家すら無くなってしまった時、カカシはどうやって彼に会いに行けば良いのか分からなくなった。得意分野が違うから仕事場も休暇も全く被らない。こうなってみて改めて知ったが、忍びとしてのイルカとの接点というのは本当に少ないのだ。

 いつまでも続けていたい長いキスをどうにか中断して、イルカの首筋に鼻をやって深く息を吸う。彼の肌はしっとりと水っぽく、清潔な香りがした。風呂を使ったばかりのようだ。
「イルカ先生、任務終わり?」
「ええ、さっき、帰ってきて」
「ん、お疲れ様」
「いえ、カカシさんこそ……これからまた任務の筈じゃ?」
「うん、もうすぐ行かないと」
 実を言えば、そうだ。ようやくイルカのアパートが建て直されたと教えてもらったから、ひと目顔を見れたなら、と寄っただけだ。だが顔を見たら触れずにはいられなかった。制御できない位の焦燥に駆られることは、始めの頃ほどはなくなったが、それでもこうして久しぶりになってしまうと止められない時がある。
「もうちょっとだけ」
 自分に言い聞かせるように呟いて、再び唇を合わせる。
 キスの合間に荒く呼吸すると、新築の家の匂いがした。建て直されたばかりで、まだイルカの気配や匂いは薄い。以前の部屋とは違っている。だが不思議なことに、カカシはようやく帰って来られたような気持ちになった。

 イルカの口腔内を舐めてまわっている内に、抑えきれない熱が上がっていく。耳や髪、背や尻、とにかく手の届くところを無茶苦茶にまさぐり、腰を押し付けた。最初は勢いにただ呑まれている様子だったイルカも、次第に舌を絡ませ、腰を揺らめかせてくる。もう止められなかった。
 藻掻くようにベストを脱ぐ。肘が壁にぶつかって鈍い音を立てた。狭い三和土で、靴も履いたままだ。こんなところで、と考えたが、ほんの一瞬後には頭にイルカしかいなくなった。
 肌を合わせたいが、唇を離したくなくて、それ以上服が脱げない。下だけずり落とし、熱くて堪らないところを開放した。
 まだキスしかしていないとは思えない程、互いの勃起は固く張り詰めている。まとめて手の平で包み、裏筋を擦り合わせば、二人同時に熱い溜め息が漏れた。
 目を開けると、同じくふと瞼を薄く開けたイルカと目が合う。欲情しきった瞳だ。きっとカカシも同じ目をしている。ぐちゃぐちゃに重ね合わせた唇も舌も吐息も、二人して、もっと、もっと、と言葉なく叫んでいた。
 イルカの手が服の隙間から入り込んでくる。カカシの腰骨の辺りを掴み、ぐっと引き寄せられた。それを合図に緩く扱いていたそれを握りしめる。どちらのものか分からない先走りで濡れた先端を捻るように弄ってやると、イルカが顎を上げ、声を押し殺して小さく喘いだ。
「は…ぁ、カカ、シさ、っ…」
 彼の声で、カカシの熱が一段上がる。まとめて握りしめたまま、挿入している時のように腰を突き上げた。先走りを竿全体に塗りつけ、ぐちゅぐちゅと音を立てて扱き上げる。
 気持ちが良い。
 良い――が全然足りない。カカシは満たされない焦燥を感じた。
 もっと、彼が欲しい。触れたい。繋がりたい。今まで離れていた時間の分と、これから離れる時間の分も。

 しかしこれ以上はここじゃ無理だ。カカシはそう判断すると、素早くイルカのサンダルを脱がせ、自分の靴も足を踏みつけつつ脱ぐ。そして彼の背と尻を支えて抱き上げた。
「うぉ、わっ」
 そろそろイきそうだった筈のイルカが驚いた声をあげ、抗議するように眉を寄せた。カカシは彼を強く抱き締める。許しを請うためか、逃すまいとしてか、もう自分でも分からない。
「ごめん、足りない。挿れたい。いい?」
「でももう時間が……」
 どろどろに欲に蕩けた顔をしてなお、イルカはそんなことを言う。
 カカシにはもう理性などない。すぐ終わらせるから、と最低なことを口走りながら、ベッドへと向かった。
 幸い、間取りも、ローションとゴムの入った引き出しも、以前と同じだった。迷わず寝室に行き着き、流れるようにイルカを押し倒した。
 イルカの負担を少しでも減らすために四つん這いになってもらう。顔が見えないのが残念だが、その代わり中を弄るカカシの指に合わせて、背が表情豊かにしなり、震えた。それがよく見えるようシャツを捲り、舐めあげて、吸い付く。薄く痕が残ると、カカシの心が僅か満たされる気がした。
「はやくっ……はやくして、カカシさん……」
 カカシの任務の時間を気にしているのだろうが、理性を忘れて求められている時のようなイルカの言葉に、頭が沸騰する。
 まだ多少きついが、たくさん濡らして、慎重に挿れれば。そんな勝手なことを考えた。
「…っ、ごめん、ゆっくり、挿れるから」
 呼吸が荒れて、うまく声も出ない。
 指を引き抜き、邪魔なシャツを脱ぎ捨ててから、ゴムを着けた自分のものをイルカの尾てい骨に擦り付ける。そこにローションをありったけ零し、尻の割れ目から窄まりまで垂らした。両手で弾力のある肉を割り開き、僅かに開いたそこをペニスの先を使って濡らしていく。イルカが小さく震え、収縮する穴がとろみのある液体をこぷり、と飲み込んだ。
 淫靡な光景に耐えきれずほんの僅かだけ先端を潜り込ませてから、カカシは歯を食いしばった。そのまま突き入れたい欲を抑えて、一度抜き、垂れていく液体を再び窄まりに纏わせる。それからイルカの下腹に片手を伸ばして、彼の少し萎えていた勃起を撫でた。
「ん、っ、く…ぅ……」
 イルカは喉の奥で呻き、枕に突っ伏した。背中がしなり、下半身だけを高く持ち上げた態勢になる。
 差し出されたようなそれにカカシは激しく煽られるが、全てを愛でている余裕も時間もなかった。イルカのペニスを扱き、そこに気を取られている間に、ゆっくりと中へと押し入る。
 先端をどうにか納め、馴染ませるように細かく揺する。背を戦慄かせたイルカが、細い悲鳴じみた声を枕の中に吸い込ませた。
 ボトルに残ったローションを竿の半ばに垂らしながら、少しずつ抜き差しする。次第に、きつく締まっていたそこが慣れていくのをペニスで感じ、カカシは興奮と悦びに目を閉じて深い息を吐いた。もうすっかり濡れて、押し込もうとせずともゆっくり入っていく。二人で長く吐息を吐きながら、やがて根本まで繋がった。
「あぁ……入った…イルカせんせ…大丈夫?」
 背に覆いかぶさって囁くと、イルカは枕に顔を押し付けたまま頷いた。
 顔が見えないのが惜しく、せめて、と服を鼻先で掻き分けて、濡れた首筋に唇を押し付ける。柑橘類の果皮を思わせる、イルカの汗と性の匂いがした。
 いい匂いだと思っていると、もう条件反射になっているのか、カカシは無意識に腰をゆるく回していた。イルカのくぐもった呻き声が聞こえてそれに気付く。
「も、いいから、早く…」
 いつもなら散々に焦らさないと言ってもらえない台詞は、きっとまだ時間を気にしている所為だと思った。ごめん、と言おうとして、だが気が付いた――淫らに揺れている腰はカカシだけのものではない。
 イルカの腰が緩やかに前後していた。待ち切れない、と言うように。
 カカシは思わずぐいと、腰を押し付ける。すると彼は小さく喘ぎ、尻の動きを回す方へ変えた。彼はカカシの動きに合わせて、余す所なく擦り付けようとしていた。肉壁が収縮してカカシを揉み込み、くちゅくちゅ、と濡れた音がする。カカシが久しぶりの彼の中を味わっているのと同じく、彼もまたカカシの肉棒を味わっているのだ。
 背筋にぞくりと悦楽が這い上がった。カカシは最早抗えず、耐えることなく腰を使い始めた。
 押し付けて、引き抜く。ただその繰り返しがどうしようもなく気持ちがいい。止められない。
「ッぁ! は、あ…ン! カカシさ、ぁ…!」
 打ち付ける度にイルカから押し出されるような声が上がる。その声が重なる毎に繋がったところが発火しそうなほど熱くなっていき、絡みついて、カカシを引きずり込むようだった。
「は、ッ、はぁ、イルカ、すごい…」
 情けないと思えど、腰を使う他にはろくな愛撫もできない。ただ目の前にあったイルカの赤い耳殻を舐めしゃぶり、うわ言を呟く。
 イルカはびくびくと身体を跳ねさせ、顎を反らせた。
「っだめ、…あぁ、ぁー…」
 震えるイルカの足がシーツを滑って、腰が落ちていく。支え上げるのももどかしく、完全にうつ伏せさせて、押さえつけるように打ち付けた。
「――ひ、ッ…!」
 痙攣のように突然イルカが仰け反る。
 体勢が変わって、カカシの切っ先が、ちょうど彼のイイところに当たったのだ。ぎゅうときつく締付けられ、カカシも快楽に呻き、イルカの背に縋るようにして射精感に耐える。
「く、ッ…アァ、ここ、ね、イルカ……」
 ぐりぐりと腰を押し当てながら、カカシは夢中で囁いた。独り言のようなそれに、イルカは健気にこくこくと頷いてくれた。
 技巧も何もなく、腰を上げては振り下ろす。だがイルカがちゃんとそこに当たるように、自ら尻を少し上げて調整してくれていた。安心してただ獣のように腰を振り立てる。
 欲しい。イルカが欲しい。その思いだけがカカシを動かしている。今や彼の背中全てを覆い、腕も手も握り込み、体内の熱にさえ触れていた。それでも足りない。水中で酸素を探すように、がむしゃらに、イルカの首や髪や頬に唇を彷徨わせた。
「ぁ、カカシさ、あ、ン……」
 イルカが引き攣れそうなほどに首をひねってこちらを見る。じっとりと濡れた赤い舌に呼ばれるように、そこに口付けた。厚い唇に吸いつき、甘い唾液を舐め取ると、足りなかったものはこれだと知った。
 息が苦しくて唇を合わせていられず、舌だけを出して絡ませながら、互いの名前を呼び合う。
「カ、カシさん、カカシさ、ッぁあ!」
 イルカは極まってくると、カカシの名しか知らないかのように、それだけを繰り返してくれる。カカシもまた、気がつくと彼の名だけを呼んでいた。
 本当はこの時のために、この行為をしているのかもしれない。そう思うほどに、カカシはこの瞬間が好きだった。今だけは何もかも忘れ、ただイルカと共に在ると思える。
 だが、何事も永遠には続かない。
「ァッ、も、イ、くッ!」
 イルカが呻き、カカシの腹の下でその身体が張り詰めたのを感じる。同時に中がうねり、揉み込まれるように締め付けられた。
 耐えようとする間もなく、カカシの全身が熱の塊となって制御を失った。力いっぱい腰を押し付ける。イルカの名を呼び、きつく抱き締めながら、その奥底に向かって全て解き放った。

 しばらくただ荒く呼吸をしていた。足先が痺れるほどの余韻に浸っていたくて、身動きできなかった。
「ん……カカシさん…」
 まだ整わない呼吸の合間に、イルカが囁く。すぐ耳元で聞こえた声に、全身を彼に委ねたままだと思い出した。はっと重いだろうと気付いて、カカシはようやく身体を起こす。
 簡単に自分の身を整えて、枕元のティッシュを数枚抜き取る。それを使って、うつ伏せたままのイルカの腿に垂れたローションを拭った。
「え、ちょ、俺はいいですって」
 イルカが慌てて上体を起こす。たくし上げられていたシャツを直し、毛布を手繰り寄せて下半身を覆った。ついさっきまでの空気が呆気なく霧散する。
「もう本当に時間ないでしょう?」
「そうだけど……」
 もっと触れていたかったのだ。だが苦笑しながら事実を言い含められて、反論もできない。
 せめて少しでも長くこの部屋にいたくて、愚図愚図と、ベッドの下に放り投げてあった装備を拾う。それもすぐに終わってしまって、密かに溜め息を吐いた。
 見るとイルカはまだ情事の余韻でいっぱいで、汗もひかず、ほのかに頬が上気している。それなのに、受付にいる時のように、爽やかに微笑んだ。
「いってらっしゃい。お気をつけて」
「うん……」
 じゃあまた、と言おうとして口をつぐんだ。また、こうやってろくに話もせず、身体だけ貪るのか。カカシは自分を罵った。
 ナルトのことや、父のこと、里のこと。話すべきことが沢山あったのに。イルカにも話したいことがあるだろうに。それを聞いてあげたかったのに。
 だが、有無を言わせず、突っ込んで吐き出した。カカシのしたことはただそれだけだ。
 また同じことをしないように、時間が取れるようになるまではイルカに会わない方がいいかもしれない。殊更避ける必要はない。彼の部屋に訪れない、それだけで済む。
 カカシは決意し、のろのろと歩き出した。

 その時、イルカが声を上げた。
「あっ、そうだ、カカシさん!」
 振り返ると、イルカの明るい瞳と目が合う。それが少したわんでから、
「玄関に新しい鍵、置いてあるので」
 持っていって、と言ってくれた。
 カカシは一瞬、虚を突かれ立ち尽くした。
 それからやっとの思いで、ありがとうと呟く。声は小さく、掠れてしまった。
「いってきます。また……来るね?」
「はい。いってらっしゃい」
 イルカの声に優しく背を押されると、滑らかに足が動いた。

 玄関で、まずベストを拾い上げて羽織る。それから少し深呼吸をして、置いてあった銀色の鍵を手に取った。小さなそれを手の平に乗せて、しばし眺める。
 また来ても良いんだ、と実感した。
 今までもイルカはこうして、当たり前のようにカカシの訪問を受け入れてきた。ごく自然に。
 それがカカシにどれだけの安堵と勇気を与えてきたか。彼の家に居座って、当然の顔で一緒に飯を食ったり、寝起きしたり、抱き合ったりできたのは、彼のそういう態度のおかげだった。許されている、この確信がなければ、カカシは彼の家に近寄ることさえ出来なかっただろう。
 カカシはいつイルカから拒絶されても仕方がないと思ってきた。
 もしそうなったら、ただ一人に戻って、任務をこなして、本を読んで、食って寝て、また任務をこなすのだ。そういう自分の姿が容易に思い描けた。
 だが、今は、そうじゃない。いつかそうなるとしても、今はまだ。
 イルカが鍵をくれるから。

 カカシは首からドッグタグを引き出し、そこに一緒に鍵を下げた。インナーの中に仕舞い込めば、素肌の胸のちょうど真ん中に落ち着く。上から手で触れると、金属同士が擦れる、微かな高い音がした。今日の任務の予定は隠密とは言い難いから、多少音がしても構わないだろう。
 部屋を出て、もう一度胸に触れてから、大門へ向かって跳躍した。いつになく身体が軽く、カカシは口布の下で少し笑った。

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