綱手の執務室を辞すと、大気が穏やかな橙色に染まっていることに気付いた。
廊下を進むと、大きな窓から落日が見える。
それは家に帰ろうと誘うような色で、下を覗き込むと、子どもたちが笑いながらアカデミーから去っていった。見渡せば、先程までほんの僅かの間だけ降っていた雨が、木々や家々の上で光の粒となって、里中を輝かせている。
その美しさはまるで夢の中のようで、どこか現実味の薄ささえ感じられた。
カカシは辺りに誰の気配もないことを確かめると、額当てを押し上げ、それに見入った。
晒した左目は、もう写輪眼ではない、カカシ自身の眼だ。チャクラは消費されず、右目と同じ程の視力しか持たない。
しかし不自由な片目の世界に慣れていたせいか、自分自身の両目で物を見ると、奇妙なほど全てがはっきりと鮮明に、そして新鮮に写った。見慣れていた筈の情景がやけに眩しく、カカシは近頃よく足を止めて里を眺めていた。
普段は、以前と同じように片目を額当てで隠している。写輪眼を失ったことは、極秘という訳ではないが、敢えて宣伝して回ってもいない。だから恐らく多くの人々にとって、自分はまだ"写輪眼のカカシ”のままだろう。
ここにいるのはただの、はたけカカシだ。もっとも自分自身でさえ、まだそれに慣れないのだが。
カカシは、大戦の頃から起きたこと全てが、自分のこととは思えないような、むしろようやく自分に成ったような、相反する感情で揺れ動いていた。妙に落ち着かず、浮足立っていながら、そのくせ何も感じず、静かに凪いでもいる。不思議な心地だった。
小さく溜息を吐き、里を見渡す内、ふとイルカの家はあの辺りだな、と思う。
イルカの部隊が帰還していることは、ナルトの見舞いに来たと聞いたことで知った。戦後処理に追われ、彼とはずっと会っていない。カカシに時間がなかったのもそうだが、彼の方とて忙しくしているのは間違いなかった。いつもそうだった通り、里のために身を粉にして働いているだろう。邪魔したくはない。
もちろん会いたいと思わないでもない。が、確かに生きていると知っている。それだけで十分だった。
カカシはぼんやりと里の一角を眺めながら、イルカがあの温かい家にいるところを想像した。風呂を沸かし、飯を炊き、寝台に横になって無防備な顔で眠る。そんなことを考えるだけで、胸が痛むほどの幸福感が湧き上がるのだった。
その時ふと、遠くに人の気配がして、カカシは額当てに手をやった。
しかし、その気配の馴染み深さにすぐに気付く。額当てを戻すのも忘れ、両目を晒したまま、そちらに振り返った。
湾曲した廊下をこちらに向かってくる影を、写輪眼ではない筈のカカシの目がスローモーションで映した。耐えきれず一つ瞬きをする。
瞼を開くとその先に、目を見開いた男の顔があった。
――イルカ先生。
カカシはそう呼ぼうとして唇を開いたが、声にはならなかった。
身体中が突然カカシの制御から離れて、彼の方へ引っ張られていくような感覚だった。何も考えられない。術にでもかけられたように、足が勝手に動き、彼の傍へと歩いていた。
そうしながら、忙しさは言い訳であり、自分はただ、彼に会いに行くのが怖かったのだと気付く。今の自分が彼に会えばどうなってしまうのか予測できなかったから。
事実、いつ人がやってくるかもわからない、窓の外からも見られるかもしれない、そんな場所で、人目も憚らず、カカシは彼を抱き寄せていた。冷静さも自制も、分別も、忍耐も、あった筈の全てを失う。ただただ触れたい。その欲求だけがカカシを動かしていた。
イルカの持っていたファイルが床に落ちる。微かな音を立てて、数枚の書類が滑るように二人の周りに散らばった。
と同時に、腕の中で、彼が身動ぎする。書類を拾おうとしているのかと思ったが、違った。
持ち上がった彼の腕は、カカシがするよりも力強く抱き締めてきたのだった。
片手でカカシの後頭部を押さえつけるように、ぐっと引き寄せられる。されるがまま、彼の肩に顔を押し付けた。懐かしい匂いがする。カカシは肺いっぱいにそれを吸い込んだ。
帰ってきた。ごく自然にそう思った。
「……お疲れ様でした」
「うん……イルカ先生も」
絞り出したような互いの声は小さくくぐもっていた。それ以上は、言葉にならなかった。厚い服越しに感じる体温を受け止めるので精一杯だった。
しばらくそれを堪能した後、頭だけをほんの僅か離す。顔をよく見たかった。
目が合うなり、イルカはカカシの左目を凝視した。
思わずといった風に寄せられた彼の指は、しかし触れずに宙を彷徨う。まるで触れてはすぐに壊れてしまう繊細な硝子細工にでもするような仕草だった。
触れてくれない手に焦れたカカシは、犬猫のように自ら頭を傾けてそこに押し当てる。一瞬強張った手はすぐにやんわりとたわみ、左頬を包んでくれた。温かい。呼吸を止めていた自分に気付き、カカシは小さく息を吐いた。
「目が……」
両目とも同じ色になったそれを、イルカはじっと見つめて呟いた。
「うん。元の持ち主に返せたんです。俺の、親友に」
「オビトさん……?」
「そう。俺はまた、あいつに生かされました」
生かされた。言葉にして、ようやくそうだ、と納得した。ただ無闇に生き延びてしまった、とは思わない。今までとは違っている。
もちろん後悔は変わらずある。愚かな自分がしてきたことや、できなかったことは決して忘れ得るものではない。
だが今のカカシは、生きていること、誰かに守られてきたことに、感謝こそすれ、さほどの罪悪感を抱いていないことに気付いた。きっと近頃の困惑はそのせいなのだろう。ずっと抱え続けたものが不意に無くなったからだ。重荷や足枷がふっと消え失せて、突然身一つで道端に放り出されたような。
カカシは笑った。シンプルに命一つを持っている、ただそれだけのことに、自分がこれほど戸惑っていたのが可笑しかった。
イルカと話していると、鏡よりあからさまに自分を見ることができる気がする。
「貴方に全部話したい……後で、行っても?」
ずっと会いに行かなかったくせに虫がいい奴だ、と自分でも思う。
だがイルカは「もちろん」と真剣な顔で大きく頷いた。この人はいつだって当たり前のようにカカシを迎え入れてくれるのだ。
彼から手を離すのは、触れ合っていた部分の皮膚が全て剥がされるような激しい痛みだった。両目を閉じてその苦痛に耐えてから、床に落ちた書類を二人で拾い集める。
「また後で」
囁くと、微かに潤んだ瞳がこちらを見る。もう一度触れたいと願ったが、そうすればもう抱き締めるだけでは済まなくなると分かっていたので、カカシは一歩後ろへ下がった。
イルカは、何かを決意するように深く息を吸った後、唇を引き結んで去っていった。
一人になって一つ息を吐き、習慣的に額当てを下ろそうとして、止めた。
左瞼にはもう、疼くような古傷の痛みも、チャクラを食われる倦怠もない。今あるのはイルカの手の温もりの記憶だけだ。覆い隠したいものは何も無かった。
額当てを真っ直ぐに結び直す。自分はもう、"写輪眼のカカシ”ではない。それでいいと、すとんと腹に落ち着いた。
窓の外を見ると、残照が名残惜しげに消えていく。太陽を失って、辺りは見る見る内に暗くなった。
代わりに、里の家々の沢山の灯りが、優しく闇を照らし出す。
窓枠に四角く切り取られたそれは、やはりまるで夢のようだったが、もう現実味がないとは感じなかった。美しい、とカカシは心から思った。
*
夜も更けてから、イルカの家を訪ねた。
懐かしい匂いのするそこで、カカシはゆっくりと語った。戦場のこと、オビトのこと、第七班の子どもたちのこと。すんなり話せた、とは言えない。何度も黙り込み、話は前後し、時折は言葉にならなかった。
だがイルカが隣にいて、その全てを受け止めてくれた。彼は時折涙を流しながらもしっかりとこちらを直視し続けた。その眼差しの包まれるような温かさが、心の内を正直に見つめる強さをカカシに与えてくれたのだった。
「……取ってもいいですか」
話を終えるとイルカは、カカシの額当てに手をやってそう聞いた。彼に触れられるまで気づかなかったが、長年の習慣のせいだろう、いつの間にか額当てはまた斜めにしてあった。
カカシは、どうぞ、と頭を少し屈めた。後頭部に彼の手が回り、結び目が解かれる。重力に従ってイルカの手の平に落ちたそれを、彼は捧げ持つようにして机に置いた。常には着けていることさえ忘れる程の重さでしかないものの筈だが、改めて取ってもらうと、頭が妙に軽く感じられた。
露わになったカカシの顔を、イルカがじっと見つめる。そして左目を縦断する傷を撫で、真新しい眼球を見ながら、イルカはまた少し泣いた。向かい合う二人の膝に、涙の粒がぱたりぱたりと落ちる音がした。
しばらくそうした後イルカはぐいと涙を拭い、カカシの手を取って、グローブを脱がせた。己の皮膚のように馴染んだそれを、一本一本の指から少しずつ引き抜いてくれる。
両手分脱がせて机に置くと、彼は素肌の手指をじっと見た。カカシもそれに倣って見てみると、手の平の皮膚はところどころクナイ胼胝で固く、色の違った部分がある、と改めて気づいた。血液を使う術のために、指には小さな傷がついている。他の無数の傷跡は、いつ、どんな時についたかも思い出せないものも多い。どれも幼い頃から当たり前にそこにあったものだから、イルカが触れるまで目にとめることも無かったような傷だ。その一つ一つを、彼は指先でなぞった。
イルカは次にベストの前合わせに触れてきた。
「脱がせてくれるの?」
色と冗談を潜ませた声で囁いたが、イルカのあまりに真剣な面差しに気付いて、口を噤んだ。
身に着けているものを脱がされていく。それをイルカは丁寧に畳んで置いていった。
彼が何をしているのか、カカシには分からなかった。
彼のゆっくりとした手つきは、ベッドでの行為とは全く違っていた。そこに熱も焦燥もない。それは何か厳かな、神聖な儀式を思わせるものだった。
カカシは己の汚れた手が触れてはならぬもののように感じ、一指も動かさず、されるがままにイルカに身を委ねる。すると一つ一つ忍びの装備を外されていく内、意味も分からぬまま、ほとんど恍惚となっていた。
信じ難いことに、武具も防具も持たない、無力さと無防備さが心地よかった。長い忍びとしての生の中で、決して感じたことのないことだった。
このひととき、イルカの前でなら、それでいい。全てを置いてもいいのだ、と思った。あやされて寝入る幼子の安心感はこういったものであろう。カカシはそう思い、目を閉じてその感覚に浸った。
インナーを頭から引き抜かれると、上半身が露わになる。ドッグタグと鍵を下げたチェーンが揺れて、軽やかな音を立てた。
それを聞いたカカシはふっと覚醒し、その鍵にイルカが指先で触れるのを見た。
「それ、俺のお守り」
囁くと、イルカはくしゃりと顔を歪ませて涙を零した。
「こんな……ものなんて……」
泣きながら切れ切れに呟いて、彼の指はそのすぐ下の傷痕へと触れた。
カカシの胸を大きく斜め十字に横切る傷だ。戦後、医療忍術による治療を受けたとはいえ、皮膚はまだ薄く、引き攣れるような感覚もある。だがもう痛みはない。
イルカはそれに手の平をそっと当てながら、まるで彼の方が鮮血の滴る真新しい傷を負うているかのように痛々しげに泣いた。
そして嗚咽と共に絞り出すように小さな声で言った。
「俺は……俺はいつも何もできない」
カカシは目を見開き、思わず彼の手を掴んだ。
「そんなわけない」
イルカは自分が戦線に立てなかったと思っているのだろう。
しかし、それは事実ではない。
彼はいつも、カカシとは別の戦場に在る人だ。カカシが立てない戦場で、決して出来ないことをやり遂げてくれる人なのだ。今回もそうだった。
彼がナルトにしてやったことは、ナルト本人から聞いていた。
彼は、世界でただ一人ナルトを信じて、送り出してくれた。額当てと共に、信頼と愛を与えて。それがナルトにどれだけの力をもたらしたか。お守りを与えてもらったカカシにはよく分かる。
その後のナルトを見れば、結果的に、彼がしてくれたことが戦争を終わらせたのだとさえ言えよう。
「俺は、そしてナルトも、貴方が信じて送り出してくれるから、前に進めるんです」
カカシは拙い言葉を尽くしてイルカに訴えた。
彼は唇を引き結び、その裏側を噛んでいるようだった。カカシの言葉に納得した訳ではないのは明らかだ。しかし涙を振り切るように一度強く瞼を閉じて、再び開けた時には、半ば泣きながらも、笑って見せてくれた。
「無事で……ほんとうに、よかっ、た……!」
イルカは両手でカカシの手を包み、額に押し付けて言った。その手は細かく震えていた。
カカシはその時、ようやく気付いた。
こんなに情の深い人が、戦場へ向かう自分たちを平気で送り出していた訳がない、と。
きっといつも“何もできない”と嘆き苦しみながら、それを内に隠して笑い、見送ってくれたのだ。
それは大戦だけのことではなかった筈だ。彼はずっと、アカデミーで、受付で、この部屋で、カカシや仲間の忍びたちを任務に送り出してきた。何度も何度も。
立場が逆だったなら、間違いなくカカシには耐えられなかった。愛する人を死地へ見送り、ただ待つと想像しただけで気が狂いそうになる。自分がそこへ向かう方が遥かに楽だ。
強い人だ、と改めて思った。カカシにはできない類のことを、彼はいつもやってのける。
「ありがとう、俺たちを信じて待っていてくれて」
カカシは囁いて、イルカの手を握り返し、もう片手で抱き寄せた。
触れるだけのキスをする。いつもならそれだけでは足りなくなって、すぐに深く舌を潜り込ませてしまいたくなるのに、今日はそうしなかった。
唇の表面の温かさや柔らかさ、かさついた薄皮や、ほんの僅か内側の濡れた感触。密やかな呼吸の音や、肌と髪の香り。そういう、よく知っている筈のことを、カカシは一つ一つ確かめていた。
そうしていると、先程イルカがしたことの意味がわかったような気がした。新しく負うた傷がないか調べるのと共に、カカシの存在それ自体を確かめたかったのだろう。
彼が今、ここに生きている。それが現実かどうか、確かめたい。そう思うと、カカシも先程の彼と同じような動きをしていたのだった。
服越しの感触や体温ではとても足りず、シャツの裾から手を潜り込ませて素肌に触れた。ゆっくりと手の平で撫で上げながら、シャツを脱がせる。その肌は温かく、呼吸に合わせて微かに揺れ動いているのが感じられた。
カカシより高い体温や、リズムの違う力強い鼓動が、叫びだしたくなるほど嬉しい。
薄く汗ばんだ皮膚、その下で動く肉と筋、脈打つ血。それらは決して当たり前のものではない。イルカもカカシも、それらが永遠に失われる瞬間をよくよく知っている。生きているというのは、この温かな肌は、ほとんど奇跡的なことなのだ。
カカシに撫でられながら、イルカは両手でカカシの頬を包み、ゆっくりと顔中を指先でなぞって、髪を梳いてくれた。そしてどこか夢見るような、不思議そうな、そういう顔で、じっとこちらを見つめてくる。
カカシが、なに? と言外に問えば、とろりと眦を落として、ごく小さな声で囁いた。
「カカシさんだな、って……」
その短い言葉でも気持ちはよく分かった。カカシと同じ。ああ、彼だ、と。生きてここにいる、と。そう確かめて、その奇跡に胸打たれているのだ。
「……うん、ここにいるよ」
囁き返すと、彼の目にじんわりと涙が溢れ出る。
カカシはそれを唇で拭い、イルカの身体を抱きしめる。彼もまたそうしてくれた。
首筋に鼻を寄せ、深く呼吸した。イルカの香りは肌そのものと同じで、どこか温かく感じる。それをいっぱいに吸い込むとカカシはいつも、強ばっていた身体から力が抜けていった。今も、もちろんそうだ。
カカシは脱力し、溜め息を吐いた。
その時、ただ確かめるだけだった行為が変化することになった。
「……っぅ、ん」
そう、イルカが微かに呻いたからだ。
見ると、カカシの吐息のかかった辺りの肌が粟立っていた。
ああ、彼はここが感じるのだ。
そう思って、不意にカカシは激しい喜びと興奮を覚えた。
これまで何度も繰り返した行為だ。近頃は考えるまでもなく、もうほとんど無意識の内に身体が動いて、イルカが悦ぶ場所に触れている。彼のどこをどうすればいいか、もう分かり切っていたはずだ。
なのにそれはまるで今この瞬間初めて知ったことのように、鮮烈にカカシを感動させたのだった。
「気持ちいいの、イルカ……」
耳元で囁けば、イルカは背筋を震わせて、喉の奥で小さく子犬のような声をあげた。
粟立った肌に舌を這わせる。彼の汗の味がして、カカシの口内に唾液が溢れ出した。濡れてぬめる舌でイルカの耳をびちゃびちゃと音を立てて舐めしゃぶった。
「あ、ぁっ、カカシさ、だ、め……!」
息を弾ませたイルカが片手を上げ、カカシの顔を押しのけようとする。カカシは大人しくそれに従って耳から離れたが、代わりに彼の手をとった。
そして指先にキスをして、一本ずつ口に含む。
短く切られた爪の形や、カカシと似たような場所にあるクナイ胼胝を、舌で知っていく。中指の側面が固くなっているのはペンを握ることが多いせいだろう。カカシにはないそれを殊更じっくりと舐める。
指の付け根まできて、また次の指へ舌先を移動させると、イルカの手はぴくりと跳ねるような動きをした。
指と指の間の、皮膚の薄く柔らかいところが快い。
手の平の真ん中から手首にかけて、くすぐるような触れ方が好き。
イルカが身体を震わせたり、呼吸を乱れさせる場所を、一つ一つ挙げ連ねることにカカシは夢中になった。指先から始めたそれを徐々に、腕や肩や腹の辺りまで続ける。
「ぁ……ん、ぅ…カカシさぁん……」
初めは困ったような顔で逃げる仕草をしていたイルカだったが、徐々にとろとろと溶けるように力が抜けていった。カカシは彼の頭を支え、唇を合わせながら横たえさせる。
横向きに共に寝そべって、浅いキスを繰り返す。
ぴたりと重なり合う肌が愛おしく、見つめ合いながら、手の届く限りに彼をじっくりと撫でる。ほんの僅かさえ触れていない箇所がないよう、丹念に。ゆっくり、ゆっくり、ほぼ動いていないようなスピードで。
そうしていると、彼の肌は驚くほど敏感になっていった。手の平で、彼の皮膚が粟立つのがありありと感じられた。
触れるか触れないかの境目ほどの弱さで撫でても、切なげに眉を寄せて喉を反らせる。
終いにはもうほとんど触れもせず、肌の数ミリ上をゆっくりとカカシの手の平が過ぎていくだけで、彼は身悶えて腰を引きつらせ喘ぐようになった。カカシの手の感触をすっかり覚え、もう気配だけで感じているのだ。
もっと、とカカシは強く願った。
――もっと、俺を覚えて欲しい。もっと、俺に覚えさせて欲しい。
カカシはするりと彼の腰を撫で下ろし、下履きに手をかける。
まだ触れていない下半身も敏感になっているらしく、服を脱がせるだけでイルカはびくびくと脚を跳ねさせた。
くったり力なく横たわった彼を見下ろし、カカシの喉が鳴る。荒い呼吸で上下する腹に、震えて勃ち上がる性器。そこから甘く酸っぱく、わずかに苦く、やわらかく温かい、イルカの匂いが濃く立ち上っていた。
吸い寄せられるように鼻を押し当てる。鼻先が滑るほどに濡れたそこを犬のように嗅ぎながら、滴る蜜を舐め上げた。
「ひッ!ぃぅ、うっ…!」
突然の直接的な刺激に、イルカはあっけなく吐精した。それは激しいが短い射精で、ペニスは萎えずに硬いままだった。
「あぁ、もっと、だね……」
そう囁いた吐息にまで感じたのか、イルカがぴゅ、と小さく噴き上げる。反応の良さにカカシは笑みを零した。
「かわいい、せんせ、たくさんしてあげるね」
言うやいなや、イルカを口内に迎え入れる。
「あぁぁ…! そん、な、っ」
彼は手を伸ばし、カカシの頭を引き離そうとした。カカシはその力弱い手を掴み、指を絡ませて握りしめる。
そのまま先端をじゅるじゅる音を立てて吸い上げると、彼の手に力がこもった。
「や、いくッ、また、カ、カシさん、でるぅ…!」
ほどなく、教えてくれた通りイルカは精を吐き出す。
もっと愉しませてあげたかった、と申し訳なく思ったが、まだ完全には萎えきってはいないのがカカシを喜ばせた。余韻で震えるそれを唇でゆっくりと優しく扱き上げてから解放する。
飲まずにおいた精液を口から垂らすと、半ば柔らかい幹を伝って、双球やその先へとろとろと流れ落ちていった。
イルカがそれに合わせて腰をビクつかせ、鼻にかかった声を漏らす。
カカシは彼の脚をそっと開かせた。ひくつく奥の窄まりが、くぽり、と白く濁った粘液を呑み込むのが見える。
荒い呼吸を隠しもせずイルカの内腿に吐きかけて至近距離で見つめながら、カカシはそこに指を這わせた。睾丸を優しく転がしつつ、そこに溜まった滑りをまとわせ、会陰を通ってその先へ。後孔の周りをぬるぬると指先で擦ると、ぎゅっと閉じたり開いたりを繰り返す。一晩中でも見ていたい光景だと思った。
「ふっぅ、も、カカシさんッ……」
しつこく弄っていると、焦れたイルカが握ったままだった片手に緩く爪を立ててきた。
「ん、ごめんごめん」
その手は宥めるように握りしめ直し、もう片方の手で侵入していく。
指一本だけ、ゆっくりと入り込んだ。中ははっとするほど熱く、弾力のある肉の輪が吸い付くように隙間なく指を包む。そのくせ何一つ抵抗する様子を見せず、力を込めずともずぶずぶと呑み込んでいく。
だがイルカは全身を震わせながら、怯える目でカカシを見上げてきた。
「ンーーッ! あ、つ、なに、あつい…!」
「ごめん痛い? 抜くよ」
慌てて抜こうとした指は、しかし、ぎゅうぎゅうと締めつけられて引き止められる。
「あっあっだめ、なにこれ、だめ……」
イルカが泣きそうな声で言ったが、その後に、痛いとも、止めろとも続かなかった。
事実、内壁はカカシの指を明らかに悦んでいて、くちくちと音を立てて収縮し、関節の段差を舐めしゃぶるように蠢いている。
カカシは、いつもよりずっと感じているイルカの様子に息を呑んだ。今まで何度も繰り返した行為で、イルカの身体は徐々に感じやすくなってきてはいた。だがこんな感じ方は初めてだ。
「ッひ、ンン! ッや、とめてぇ…!」
イルカ本人も常と違う自分の身体に戸惑っていた。ぱさぱさと黒髪を振り乱し、独りでに動いてしまう下半身を止めてほしいと叫ぶ。
かくかくと腰が跳ねれば、中が擦れて感じてしまい、また腰を跳ね上げて喘ぐ。イルカは半ば泣きわめきながらそれを繰り返した。
カカシが指を動かさずとも、内壁は勝手にしゃぶりついてくる。あまりにぴったりと指に吸い付いているので、充血して赤々と色づいた柔肉が、時折捲れ上がって見えてしまっていた。カカシの白い指との対比が、目眩がするほど淫らだった。
「すごい、やらしい……」
カカシがうっとりと呟いた声は、自分で恥ずかしいほど掠れていた。
「や、いやだ、見ないで、そんな、見ないで……」
すすり泣くように言いながら、イルカが繋いでいた方の手を弱々しく引っ張る。カカシはそれに導かれて、中の指は挿れたまま、身体をずり上がらせた。
改めて見下ろせば、見ないでと言われたその場所以外も、イルカの身体はひどくいやらしく蕩けていた。
汗の浮いた肌は桃色に染まり、くたりと力の抜けた身体が不随意に感じるたび、胸の柔らかな筋肉がひくひくと跳ねている。そしてその真ん中でぷっくり膨らんで立ち上がった乳首。
赤く色づいたそこを、カカシは思わず口に含む。優しく吸えば、イルカは雷遁でも受けたようにガクガク痙攣した。
それに合わせて胎内がより指に吸い付き、ぐねぐねと淫らにうねる。
「あぁ……もうたまんない」
カカシはもはや我慢できず、指を抜き挿ししながら、柔らかい肉壁を揉むように撫でた。
「…ひッ、ィアアアアア――!」
悲鳴をあげたイルカが折れそうなほどに背を反り返らせる。
カカシは胸にしゃぶりつき、舌先で転がす。同時に、挿入する指を増やした。あれだけ吸い付いて隙間など無かった筈のそこは、二本目の指先をあてがった途端にくぱりと口を開いて呑み込んでくれた。
「ア、ぅあぁッ、カカシさ、カカシさん…!」
溺れる者がすがるように、イルカがカカシの手を握りしめ、必死に名を呼ぶ。真っ赤に充血した唇が己の名を繰り返すことが堪らなくて、カカシはそこに吸い付いた。舌を絡め合えば、中がぎゅう、と強く締まる。自然に、イルカの一番イイところが指の腹に当たった。迷わずこね回してやる。
「――ッ! ンンンンゥゥ…!」
カカシの唇越しに高い啼き声をあげて、イルカが達した。
唇を離して目で見て確認するまでもなかった。激しく精を吐き出した音が聞こえ、これ以上ないほど指を締めつけられたからだ。カカシはキスを続け、指の動きも止めずに、イルカの絶頂を長引かせた。
「は、っ、ぁ、イルカ、イルカ……」
ようやく唇を離す気になった頃には、カカシの方こそイッた後のように余裕なく荒れた呼吸になっていた。
イルカはもうまともな声も出ない。全身を痙攣させながら、先走りなのか精液なのか分からない、薄く濁ったものを断続的にぴゅくぴゅくと撒き散らしていた。
それがカカシの指を受け入れる場所へと流れ込む。どろどろに濡れそぼったそこは、更に指を増やしても難なく咥え込んだ。
長くゆっくりとストロークし、イルカの熱く蕩けた体内の感触を、感覚の鋭い指先で余すことなく感じ取る。同時に、キスをして、肌を舐め回し、乳首に柔く噛みつき、胸まで飛び散った精の匂いを嗅ぐ。カカシは我を忘れ夢中でイルカを貪った。
イルカは「もうむり」と小さく、何度も何度もうわ言のように繰り返した。
その度カカシは「もう少しだけ」と、駄々をこねた。
カカシも痛いほどに勃起していたが、そんなことはどうでも良くなる程、イルカの肉体から目が離せなかった。カカシの手や唇や舌や吐息が触れるたび、彼の身体は健気に反応を返してくれる。その一つ一つ、一瞬一瞬を逃さずつぶさに見ることができたなら、と願った。もう写輪眼ではない、何の特殊な力などない、カカシ自身の二つの目で。
そんな瞬きも忘れた食い入るような目は我ながら怖ろしいものだったと思う。
だが、ふと目があった時、イルカはくしゃりと泣きそうな顔をして、「ばか」と言った。そして震える手を伸ばして、カカシの頬を包む。
それからその手はゆっくりと首筋から、胸元、腹を辿って、その下の固く反り返ったものを優しく握り込んだ。
「こんなに、してる、くせに」
温かい手に撫でるようにそっと上下されて、カカシは背筋を震わせて呻いた。
イルカはそうしながら、カカシの肩を押して起き上がった。
彼の脚は細かく痙攣していて、うまく動けないようだったが、それでも諦めずに時間をかけてカカシにまたがった。そしてカカシの勃起に尻を擦りつける。
カカシは寝転んで、彼の身体を両手で支えながら、それをじっと見守った。呼吸も忘れ、イルカが震えながら自ら剛直を呑み込んでいく光景に目を奪われていた。
ぐぶり、と重い水音をたてて、先端が入り込む。二人の身体が同時に張り詰めた。歯を食いしばり、唸り声をあげて、その衝撃に耐える。
イルカの中は、もう何度も交わった時のように、ぐずぐずに蕩けきっていた。
「あぁ……イルカ、すご、い……」
カカシは我知らず呟きながら、柔らかい肉の感触にうっとりと浸った。さっきまで指で堪能したそれを、今度はペニスで復習する。襞の熱さや数や動きを覚えたかった。
だが指よりも感じるものでその快楽に耐えるのは容易ではなかった。ましてや指では届かなかったところまで導かれてしまっては。
「あぁ、んっあ、もっと、奥、にっ…!」
イルカは早急とも思えるほどにずぶずぶと呑み込んでしまう。指一本でさえ隙間なく吸い付いていたそこは、その何倍もの太さのカカシのペニスを拒むことなく柔軟に広がって迎え入れた。熱く蕩けて、断続的に締め付けながら、奥へ奥へと招く。
やがて根本まで全てを収めたイルカはぺたりと座り込んだまま、じっと目を閉じて深く呼吸を繰り返した。
「大丈夫……?」
頑張ってくれた震える腿を慰撫しながらカカシが聞くと、イルカはゆっくりと瞼を上げた。現れた瞳は、欲に塗れた情交の最中とは思えないほど、純粋に澄んで、慈しむような優しさがあった。そういう目でイルカはカカシを見つめ、微笑んで言った。
「ん……カカシさんが…はいって、る……」
カカシは奥歯を噛み締めた。返事をできず、彼を見つめてただ頷いた。湧き上がる激しい感情を抑えるのに必死だった。
その感情は複雑に混ざりあっていた。やらしい、かわいい、嬉しい、もっと欲しい――そして何故か、とても哀しくもあった。そんな激情で胸が痛み、内側から壊れてしまいそうだった。
どうしようもなくなって、カカシはイルカの腰骨の辺りを強く掴んだ。淫らに漏れた声と、さざなみのように震えた内部の誘いに乗って、腰を突き上げる。下腹から広がる圧倒的な悦楽に、カカシは考えることを止めた。
イルカの尻を掴んで、深く突き貫いては、持ち上げて引き抜く。何度もそれを繰り返した。
浅いところのしこりをペニスの張り出した固いところで抉りながら、吸い付いてくる奥の壁へと打ち付ける。彼のイイ場所は、よく知り尽くしてすっかり覚え、何も考えずともそこを狙うことができた。
肉同士が叩きつけられる破裂音が響く。そして繋がったところは、引っ切り無しにじゅばじゅばと粘着質な音をたてていた。カカシの肉棒が中を抉り回すので、行き場を失った粘液が時折ぶちゃりと溢れ出る。だがイルカからとろとろ零れ落ちてくるものと、カカシの先走りとで新たな潤みを得て決して乾くことなく、激しい注挿を助けた。
暴虐とさえ思えるような強い突き上げにもイルカは拒まなかった。それどころかやがてリズムを掴んで尻を振りたて始める。
「あッ、イイっ、カカシさ…あぁッ……!」
イルカもこれを望んでいる、と全身が訴えていた。
紅潮してとろけた顔も、絶えずあがる善がり声も、いつもよりずっと甘く重い匂いも、戦慄く背筋も、振り乱される腰も、淫汁を噴きこぼし続ける勃起も、カカシの腕に縋り付く両手も、離さないというようにキツく締め付けてくる入口も、むしゃぶりついてくる奥の熱い柔肉も。
それらを前にしたカカシにできることはもう、たった一つだけだった。腰を突き上げ、イルカの肉体を貪って激しい快楽を得る。ただそれだけの存在になり、世界の全てがイルカで塗りつぶされる。
「あ、ッ、く、る……くるッ、カ、カシさんっ、カカシさ――!」
切羽詰まった、ひときわ甘い声でイルカが泣き叫ぶ。
同時に、これ以上があったのかと驚くほど強く締め付けられ、時間の感覚を失っていたカカシは我に返った。
イルカの肉筒全体がぎちぎちに収縮して、カカシのペニスの形そのものになる。真空になったそこに激しく吸いあげられ、カカシはひしゃげた声で獣のように咆哮した。
そして、イルカを強引に引き寄せて、あらん限りの力で最奥に腰を叩きつけた。
「――ッひ、」
イルカが鋭い悲鳴をあげて仰け反る。
後ろに倒れてしまいそうな身体を支えて、カカシは気付いた。
イルカのペニスはくたりと垂れ下がっているが、その腹は透明な先走り以外のものでは汚れていない。射精せずに、中だけで達したのだ。
「ン、ァッ…! ああぁ…ッ! ま、た……いッ、ぁ゛――!」
それは見たこともないほど深く、長く、激しい達し方だった。
イルカは頭から爪の先まで全身を震えさせ、止めどなく繰り返し繰り返し絶頂し続けた。
張り詰めた肩や胸が脈打ち、なだらかな曲線の淫らさと完璧さを見せつける。
蕩けきった顔は過ぎた快楽の涙に濡れ、いやらしい声で喘ぐのに忙しい唇からはだらしなく唾液が零れ落ちていた。だが、喉を反らし天を仰ぐその姿は、祈る者のそれにも似ていた。
達する度のたうち回る背は陸に上げられた魚のようだったが、無力とは程遠い。まるで何度も産まれ直しているように新鮮で瑞々しい生命に満ちている。
真っ赤に染まった肌からは汗が飛び散って、カカシの腹に降ってくる。それは春の温かい雨のように優しい、穏やかなものを呼び起こさせた。
彼の姿は、途轍もなく淫靡でありながら、同時にどこまでも清らかだった。
己の快楽さえ忘れ、驚嘆の念を抱いて、カカシは彼を見上げた。夢でも見ているようだった。こんなに美しいものがこの世に存在することが信じ難かった。
生涯、この姿を忘れることは決してないだろう。カカシはそう確信した。
がばりと上半身を起き上がらせ、イルカを抱き寄せる。そうしないではいられなかった。この肉体が、そしてその持ち主が、あまりにも慕わしく、恋しかった。
体勢を変えたので、中の角度も変わる。限界まで締め上げ続けているイルカの胎内を無理矢理ひしゃげるように貫いた。
「ぃああッ……!」
再びイルカが昇りつめる。
痙攣する身体を抑えて抱き締めれば、応えるように内襞が細かくさざめいた。きつく締めながら揉み込む動きで、カカシの根本から先端までを隈無く愛撫される。快楽が脊髄を駆け抜けた。
とてもじっとしていることはできずに、カカシは更に腰を押し上げて奥を目指す。
「く、ッ……イルカ……愛してる……!」
その時、無意識に、喉の奥から絞り出すようにそう言っていた。
カカシはハッとした。それはイルカを想うたびカカシの胸に激しい痛みをもたらす感情を表すのに、相応しい言葉のように思えた。
そんな言葉一つではとても全てを表せるわけではないが、僅かでも吐き出したかった。激情に喘ぎながら、愛している、とカカシは繰り返した。
「ぁ……おれも、カカシさ……おれ、も、あっ、あぁ――!」
イルカが応えてくれて、縋り付くようにカカシの頭を掻き抱く。
彼のいつもの肌の匂いと、汗と性の匂いとが混じり合った香りでいっぱいになった。
イルカのそこが、果てなど知らないように、より強く、深く、カカシを呑み込む。
腹の奥の方からぐちゅぐちゅと重く濡れた音がした。カカシにぴたりと寄り添って、収縮し、強く抱き締めてくれている。
不思議なことに、こんなにもキツく締めているのに、食いちぎられそうな、というのとは違っていた。もっと柔らかく、優しく、甘い。イルカの底無しの情愛があふれ出して、カカシの全身を包み込み、慰撫していた。
カカシは、強く瞼を閉じた。湧きあがったのは歓びと、そして焦燥だった。
このまま、イキたくない。
激しく、そう思った。
それはこの快楽をもっと長引かせたいだとか、気持ちが良すぎて終わるのが勿体ないだとか、そういった軽いものではなかった。もっと深刻で、重大な、心の底からの渇望だった。
「ッぐ、ぅうぅ゙、イルカ…ッ……イル、カ…!」
彼の名を狂ったように呼びながら、カカシは激しい射精感に抗った。
しかし身体はもう制御を失っていた。イルカを欲し、腰が勝手に動いてしまう。締め付けのあまりの強さに引き抜くこともできず、根本まで挿れたまま、最奥を短く突き上げ続けた。
それは自らを拷問にかけてでもいるようだった。忘我の悦楽に己を突き落としながら、それに身を任せることを許さない。心と肉体とが二つに引き裂かれ、呼吸すらできなくなっていく。
詰まった喉から、空気が押し潰れた音がした。死に行く者の最期の声に似ていた。
「――カ、はッ、ィ、ルカ……」
苦痛に悶えながら、それでも唇は彼の名前を形作った。きっとこのまま死んでしまっても、彼を呼び続けるだろう。そう思い、いよいよ意識が薄くなっていく。
その時イルカの優しい声が聞こえた気がした。
彼の方こそもう限界を超えているのだろう、意味のある声などとうに聞こえなくなっていたのに。彼は小さく、呼んでくれた。カカシの名を。
そして震える手で、カカシの頭を撫でた。
もう良いんだよ、と優しく説得するように。
その瞬間、カカシは遂に屈服した。
声も出なかった。その快楽は、今まで経験したこともないほど凄まじいものだった。
イルカの中に、長く、勢いよく吐き出している間、彼と触れ合っているところがどろどろと溶け落ちていくような心地がした。
そしてイルカがそれを受け止めてくれて、二人が混じり合い、一つに溶け合う。
恐ろしいほどの幸福感が溢れ出し、心身の隅から隅まで満ち足りていく――。
だが、その永遠にも一瞬にも思える時が終わると、深い嘆きがカカシに襲いかかった。
終わってしまった、と思った。このままずっとイルカと一つに繋がっていたかったのに。
こうして終わりがあることが、彼と分かたれなければならないことが、心の底から悲しかった。
あれほど興奮して燃えるように熱かったカカシの汗みずくの身体が冷えていく。さっきまで同じだった筈のイルカの肌と温度が離れていった。
彼との間に隙間や境目があることが嫌で、強く強く抱き締める。
そうしてカカシは、己の願いに気が付いてしまった。
――離れたくない。この人と。もう二度と。
もちろん今までも、離れたくないと願ってはいた。だが同時に、不可能だと諦めてもいた。
思えば、カカシにとって彼といる時間は、いつか終わる夢のようだった。いずれ必ず失うものだった。いつもそうだった通りに。自分はまた独りに戻るだけだと。だから、もしその時が来たならば、いつだって彼を手離すことができる筈だった。
今となっては信じられない。どうして、この人と離れられるなどと思えていたのだろう。
「永遠にこうしていたい……」
カカシは、独りでに押し出された己の声を聞いた。
イルカは、是も否も言わなかった。ただカカシの頭を両の腕で抱いて、じっくりと体温を分け与えながら、馬鹿げた戯言を言うことを許してくれた。
