17


 目覚めると、草臥れた木造の天井が見えた。
 声がしていたような気がする。気の所為だったか。それとも夢だったか。
 写真立てに手をぶつけながら、目覚まし時計を止める。
 窓の向こうを覗くと、空一面に厚い灰色の雲が広がっていた。大雨になるかもしれない。

 独りきりの部屋にいるのが妙に耐え難く、外に出ようと身支度をし始めた。
 今日は任務はないが、忍びの装備を身に着ける。ベストと、武具を少し。必要なくとも、持っている方が自然に感じる、習慣だった。

 やはり習慣で、慰霊碑に向かう。
 着いた頃に、雨が振り始めた。雲は更に厚く、辺りは昼とは思えない程暗い。
 構わずに、大切な名前を呼ぶ。
 もういない、大切な人たちに呼びかける。
 応えはない。
 いつも通り。誰も、応えてはくれない――

「カカシさん!」
 声がした。
 振り向くと、イルカがこちらへ走ってくるところだった。
「またこんなに濡れて、冷えちゃいますよ」
 言いながら、差している大きな傘を、俺にも差し掛けてくれる。
 今日は半日受付業務だと聞いていた。いつの間にかもう昼も過ぎていたのだろうか。
「傘くらい持っていってといつも言ってるでしょう。晴ればっかりじゃないんですから」
 あの街のようにはいかないね、と思ったが、言わなかった。
 街のことを話すといつも、イルカが少し気まずげにするから。

 結局、あの時、あの森で何が起こったのかは、はっきりしなかった。
 二人で振り絞ったチャクラが絡まった中、イルカが俺を守りたいと強く希ったせいで、知らぬ間に何らかの幻術を織り込んだのかもしれないという。
 特殊な条件下で無意識に行ったことだから、術の特定も、再現も不可能だろう。

 つまりは、ただの、夢なのだ。
 そう、あの街は、あの平和な楽園は、もうない。二度と、手には入らない夢だ。
 この世界は、雨が降り、夜は長く、いつまでも争いに満ちていて、忍びの任務は途切れない。今までもこれからも、俺達は傷付いて、失って、悲しんで、苦しみ続ける。

「――帰りましょう、カカシさん」
 目を細めて、優しく笑ったイルカが言う。
 俺も頷いて、微笑った。

 楽園には帰れない。失ったものは帰ってはこない。
 だがそれでも、俺には里があり、家がある。家族がいる。絆がある。隣にはイルカがいて、朝の光のような顔で笑いかけてくれる。

 夢見たものが、そこにあった。


End.







この10年以上放置した長編を完結させることができたのは、息の長いカカイラー様方、そして特に某お方のおかげです。
感謝を込めて。
Page Top