目覚めると、草臥れた木造の天井が見えた。
声がしていたような気がする。気の所為だったか。それとも夢だったか。
写真立てに手をぶつけながら、目覚まし時計を止める。
窓の向こうを覗くと、空一面に厚い灰色の雲が広がっていた。大雨になるかもしれない。
独りきりの部屋にいるのが妙に耐え難く、外に出ようと身支度をし始めた。
今日は任務はないが、忍びの装備を身に着ける。ベストと、武具を少し。必要なくとも、持っている方が自然に感じる、習慣だった。
やはり習慣で、慰霊碑に向かう。
着いた頃に、雨が振り始めた。雲は更に厚く、辺りは昼とは思えない程暗い。
構わずに、大切な名前を呼ぶ。
もういない、大切な人たちに呼びかける。
応えはない。
いつも通り。誰も、応えてはくれない――
「カカシさん!」
声がした。
振り向くと、イルカがこちらへ走ってくるところだった。
「またこんなに濡れて、冷えちゃいますよ」
言いながら、差している大きな傘を、俺にも差し掛けてくれる。
今日は半日受付業務だと聞いていた。いつの間にかもう昼も過ぎていたのだろうか。
「傘くらい持っていってといつも言ってるでしょう。晴ればっかりじゃないんですから」
あの街のようにはいかないね、と思ったが、言わなかった。
街のことを話すといつも、イルカが少し気まずげにするから。
結局、あの時、あの森で何が起こったのかは、はっきりしなかった。
二人で振り絞ったチャクラが絡まった中、イルカが俺を守りたいと強く希ったせいで、知らぬ間に何らかの幻術を織り込んだのかもしれないという。
特殊な条件下で無意識に行ったことだから、術の特定も、再現も不可能だろう。
つまりは、ただの、夢なのだ。
そう、あの街は、あの平和な楽園は、もうない。二度と、手には入らない夢だ。
この世界は、雨が降り、夜は長く、いつまでも争いに満ちていて、忍びの任務は途切れない。今までもこれからも、俺達は傷付いて、失って、悲しんで、苦しみ続ける。
「――帰りましょう、カカシさん」
目を細めて、優しく笑ったイルカが言う。
俺も頷いて、微笑った。
楽園には帰れない。失ったものは帰ってはこない。
だがそれでも、俺には里があり、家がある。家族がいる。絆がある。隣にはイルカがいて、朝の光のような顔で笑いかけてくれる。
夢見たものが、そこにあった。
End.
この10年以上放置した長編を完結させることができたのは、息の長いカカイラー様方、そして特に某お方のおかげです。
感謝を込めて。