任務帰りにふと横目で見えた窓の中の、少年の顔があまりに幸福そうだったから。
意味もなく木々に電飾を付けている訳ではないのだと気付いた。
小さい時からずっと、冬は闇が濃いからだと思っていた。闇が濃いほど電飾が綺麗に映えるからだと。
でもそうではなかったらしい。どうやら何かお祝いをしているようなのだ。ケーキやご馳走を食べ、子どもたちはプレゼントを貰っている。

窓の中の少年など、確かに眠っているのに、幸せそうに微笑んでいる。そこに母親らしき人が現れて、緑色の箱を少年の枕元へ置いていた。彼女も笑んでいる。
見たこともない光景だったから、カカシは電柱に座って眺めてしまった。
しばらくすると少年が目覚め、カカシに気付いてしまったので逃げたが、その次の年も同じ日に少年を見に行った。やはり少年はプレゼントを置いてもらって、眠りながらも笑んでいた。

冬の夜の濃い闇は電飾も映えるが、暗殺にもうってつけだ。カカシが少年を見に行くのは、いつも誰かを屠った後だった。
冬の寒さも返り血の生温さもカカシを凍えさせたが、少年の幸福そうな笑顔を見ると、「良かった」と安堵できた。里が平和なら、少年がこんな顔が出来るなら、それで良い。
冬の日のこの光景は、カカシにとって幸福の象徴のように思えた。任務でどうしても行けない日もあったが、毎年少年を見に行った。

ただ眺めているだけだったし、気付かれたら逃げていた。
しかし、九尾の事件の後はどうしてもそうすることができなかった。
少年はいつものように笑っていてはくれなかったのだ。ついさっきまで泣いていたようで、頬に涙が乾かずに残って、魘されるように何度も寝返りを打っていた。いつも母親や父親が置いていた、枕元のプレゼントもない。恐らく両親は九尾の事件で死んだのだろう。珍しい話ではなかった。
しかし、それはカカシの心を強く揺す振った。

いけないことだと分かってはいたが、少年の部屋の窓を少し開けて、中に入った。鍵が開いていたので術も使わずに入れた。
少年は眠りながら、声も上げずに静かに泣いていた。カカシはそっと少年の額にかかった髪をどけてやった。少年の両親が良くそうしていたのだ。
なるべくそっとしたつもりだったが、少年が目覚めてしまった。まずいと思って瞬身の印を結ぼうとしたら、少年の手がそれを包んだ。
「泣いてるの?」
少年は、自分こそ涙を零しているくせに、カカシにそう聞いた。泣いていないと首を振ったが、少年は「でも目が、赤いよ」とカカシの左目を指差した。
左目はやっと馴染んできたオビトの目だ。カカシの中に移植されてからずっと、写輪眼の発動中の証である、赤色のまま、オビトやカカシの瞳の色である黒にも青にも戻らなかった。
少年には、泣き続けて真っ赤になった幼児の目のように見えたのだろう。
「痛いの?」
少年はそう言って温かい手でカカシの左の頬の傷を撫でた。
少年の失われた幸福の傷の方が痛いだろうに。大切な人や日々を永遠に失った、少年の心の方が痛むだろうに。それなのに少年はカカシを気遣い、傷を癒したいと言うかのように撫でてくれた。
「大丈夫」とカカシはやっとの思いでそう言った。喉が詰まって、それ以上何も言えなかった。だから、少年がしてくれたように、少年の両親がしていたように、そっと少年の頭を撫でた。 少年は安心したように笑ってくれた。

その時カカシはもう暗部に入隊していた。同時に写輪眼のこともあって、顔を見られることは強く禁じられていた。だから少年には術をかけ、目を開いた時点からの記憶を消させてもらった。少年はカカシを忘れてしまうことになったが、それでもカカシは構わなかった。少年の温かい手と笑顔を、自分が覚えていられれば。

それから毎年、カカシは少年の部屋へと上がりこみ、頭を撫でるのが習慣になった。
少年の、辛そうに泣いていた顔は、年々少しずつ穏やかになっていった。

ある年は、枕元に袋と手紙が置いてあった。
手紙によると『サンタさん』とやらへのプレゼントらしい。少年は眠りながら少し微笑んでいた。手紙には、『もらってください』と謙虚に書いてあって、カカシはサンタとやらが喜んで貰ってくれることを祈った。
しかし、次の年にも同じ袋が置いてあった。
サンタとやらに怒りが湧いたが、手紙を見ていると、前年と同じ文面に、サンタではなく、『毎年来てくれる人へ』と書いてある。
これはまさか自分へだろうかと驚いた。そもそも少年が、カカシが毎年来ていると気付いていたとは。部屋の様子を見るとアカデミー生のようだが、あまりに少年が無邪気に笑うから侮っていた。
とりあえず、これが自分へであってもなくても、カカシはありがたく貰って行くことに決めた。サンタとやらが貰って行かないのなら俺が貰う、という対抗心のようなものを感じてしまったのだ。
袋の中身は手袋だった。白くて柔らかく、温かそうな手袋だ。印を結んだり、感覚を鋭くしておかなければならない忍びには不似合いなものだったが、そのふわふわしたものを見ているだけで幸福な気持ちになった。
「ありがとう」と呟くと、どうやら少年は起きていたらしく、目を閉じたままにっこりと笑った。

それからは少年に会いに行く時には手袋を着けた。
ふわふわの手袋で少年の頭を撫でると、少年は幸せそうに笑う。
昔窓の外から見ていた幸福の象徴の中に入れてもらえたような気になった。

しかしそれも数年で終わった。
少年がいなくなったのだ。毎年通っていた家はもぬけの殻だった。窓には鍵がかかり、家全体に結界も張ってあった。
まさかとは思うが、任務で死んでしまったのだろうか。それとも長期の任務で空けているだけなのか。カカシには調べようもなかった。名前も年も何も知らない。
その事実に打ちのめされたように感じたが、良く考えれば、もう何年も毎年会っていたから、ひどく身近に感じていたけれども、二人が会うのは年にたった一度、数分だ。しかも少年の方はカカシの顔さえ知らない。カカシが毎年来ようが来まいが、気にさえしないだろう。

それだけの関係だ。大したことはない。
カカシは自分にそう言い聞かせて忘れることにした。
暗部からは半分抜けていたが、通常任務も受け、結果的に以前より倍近く任務をこなすことになり、名前がどんどん売れていった。カカシとしてはただじっとしていられなかっただけだ。師走のあの冬の日に、里にいたくなかっただけだった。

少年に再会した時にはすぐに分かった。
カカシの幸福の象徴である笑顔もそのままで、握手をした手も温かかった。聞けば、カカシにしたように、自分の痛みを気にせず、九尾の子の傷を撫でたのだという。
彼は何も変わっていなかった。

カカシはもう彼から離れることはできないと感じた。
もう二度と、彼がいなくなって途方に暮れたあの冬の日を繰り返したくない。あの幸福な光景を見たい。出来るなら自分もその中に入れて欲しい――。

カカシは彼を口説いた。
口説いて口説いて、最後には何でもすると拝み倒した。
彼は当初困っていたようだが、結局は絆されてくれた。
詳細は省くが、そうして現在に至る。

今年も例の日がやってきたが、窓の外からや、眠っている時にこっそり頭を撫でるだけではない。ケーキを食べて、プレゼントを交換した。木々の電飾も遥かに輝いて見える。昔見た幸福の象徴に、カカシは存在している。昔、イルカがあれ程素晴らしい笑顔で眠りにつけた気持ちが、今はとても良く分かる。


ところで、ずっと昔からストーキングしていたと思われるとまずいので、イルカには昔のことは話していない。
貰った手袋はまだ持っているし、偶にポーチに入れておいたり、任務帰りに着けたりして幸せを噛みしめる時もあるが、イルカには見せないようにしている。
イルカも特に昔のことは何も言わない。忘れているのなら、好都合かもしれないと思っている。

ただ、実は、カカシは未だに、この日が何の日なのか、分かっていない。
イルカが教えてくれないのだ。
以前、この日に関係するのだという絵本をイルカの家で見て、「この赤い服着た不法侵入のおっさんは何なの?」と聞いたら、盛大に笑われた。
その後で、「幸せを贈ってくれる人ですよ」とだけ教えてくれた。

「なら、俺のところにも来てくれたんだーね」
そう言ったら、イルカは何か言いたげにしていたけど、結局は何も言わず、昔と同じように幸福そうに笑むと、ただカカシを強く抱き締めた。
何だかよく分からないけれど、とにかくカカシは幸せだ。





余談ですが、その夜はとても盛り上がりました。(byカカシ)








全ての人に。