あんまり暑いから外に出ましょう、と言われても、カカシにはぴんと来なかった。
暑いの寒いのを耐えることに慣れ過ぎているから元々気にしていなかったし、外に出ることによって何か状況が変わるのかという疑問もあった。とはいえ、質問や返事をする前に、イルカはビールの缶を持ったまま立ち上がってしまったので、自分も一緒に立ち上がった。
てっきり玄関へ向かうのかと思いきや、イルカは窓に手をやる。そしてちょっと汚れた網戸をスライドさせてから、窓枠に片手をひっかけ、ぴょんと跳躍し、部屋からいなくなった。
顔だけ出して確認すると、イルカは屋根に立っている。立ったまま、ぐいと一口ビールを呷ったのが見えた。
イルカに倣って窓から屋根に飛ぶ。飛んだ瞬間、自分が立てたものだけではない風が吹いてきて、汗を蒸発させた。成程、少し涼しい。
「うーん良い風だなぁ」
言いながら、イルカは屋根に座った。両手を体の後ろに着いて、足を伸ばしている。カカシも同じようにした。陽が落ちてから大分経っているから屋根の表面も、熱くて触れないということもなかった。ほんのりと温かい。それも外気とそう変わらないので気にならない程度だった。
「あー星がきれいですよー」
間延びした声でイルカが言う。首を後ろに一杯に折っているから喉元が引っ張られ、ぽかんと口が開いたままだった。
どれ、とカカシも上を見る。口は開かなかった。同じ格好をしても、弛緩しなければ同じ口にはならないようだった。
ともかく、星を見る。良く晴れて雲のない空に、点々と白く光っている。名前などは知らないが、良く任務中に位置を確認する時に見る、大きく明るい星があった。
あれって、と指を指しカカシが聞きかけると、「あれは、こと座のベガと言います」とアカデミーで教える時のような生真面目な口調でイルカは答えた。直後に微かに笑ったような吐息の音で、戯れているのだと知れた。
しばらく、こと座のベガという星を見た。じっと見ていると、僅かちかちかと点滅しているように思えた。
カカシは、“星が瞬く”という言葉を思い出した。小説などで良く見る表現だが、実際にそう見えるものなのか、と驚いた。こんなに長く星を見つめることなど無かったから知らなかった。ただの文学的な比喩だと思っていたのだ。
横を向いてイルカを見た。イルカは変わらず空を見上げている。横顔は穏やかでやはりぽかんと口が開いている。
きっと、星が“瞬いて”いることなど彼にとっては常識であるに違いない、とカカシは思いながら、手を伸ばしていた。無性に触れたかった。
イルカが屋根に着いていた左手の手首を持って宙に浮かせる。驚かせないようにゆっくり触れて、ゆっくり浮かせた。イルカは黙ったまま、片手でも安定するようにだろう、ちょっと体勢を変えた。
浮かせたイルカの手と屋根との隙間に、上向けた自分の右手を滑り込ませ、持っていた手首を離す。落ちてきた手を受け止めて、重ね合わせた。
手は、足やもう片手で感じている屋根よりも熱い。じんわりと汗を掻く。涼を求めて来たのにも関わらず、それは全く不快ではなかった。
その感触を感じながら、しっとりと合わさるそこに境目が無くなるような錯覚を覚えた。これは錯覚でなく現実かもしれない、と馬鹿らしいことも考え、微睡んでいるような心地がした。
しかしふと我に返り、イルカの方は温い体温を不快に思うだろうかと思った。そっと顔を窺う。
イルカは上を見たままの姿勢で、ビールを飲んでいた。
丸みのあるアルミ缶を水滴が滑っていき、底から二粒落ちる。それがイルカの胸元の服に吸収されるのを見ていたら、重ねた手がぐいと屋根に押し付けられた。イルカが握り締めてきたのだ。
はっとして視線を顔に戻すと、イルカがこっちを見て、照れたように笑っていた。
カカシは手に力を込め返して、ますます無くなった境目のことを思い、良く見る、“胸が痛い”、という表現も、文学的な比喩ではないのだ、と知った。