カカシさんとのセックスは、時々、セックスでない何かのように感じる。
 俺の中では、性欲というものは、焦燥とセットになっていて、何と言うかイメージとしては尖っている感じだ。だけど、カカシさんとのセックスに、尖ったものは全くない。追い立てられているような焦燥もない。柔らかくて緩やかで、温かい。

 こういうセックスをするようになるまでには、それなりの時間がかかった。
 色々あって恋人として付き合うという形を取った後、正直言って俺は途方に暮れた。俺たちはお互い良い歳の大人だった。最近の恋愛はというと、「付き合って下さい」「ハイ」、なんて会話をするより、いつの間にか相手と深く関わっていて、後から「私たち付き合ってるのよね」なんてさり気なく念を押されてやっと恋人だと言葉にする。つまりちょっと大人として爛れてた。潔癖気味の俺でさえそうなんだから、モテるカカシさんなんて、失礼ながら、もっとそうだったかもしれない。それが、まるで思春期の子ども達みたいに「好きです」「俺も好きです」なんてやってしまったものだから、逆に肉体的な接触のタイミングが図れなくなってしまったのだ。
 というと、何だかそれだけが目当てみたいに聞こえるが、もちろんそうじゃない。それまで友人として付き合っていた時、居心地が良くて、ただ傍にいたい、なんて思っていた頃の気持ちは全く変わらない。触れる触れないは俺にとって二の次だった。ただカカシさんに元気に生きていて欲しくて、その姿を見ていたかったのだ。が、いきなり『恋人』なんてことになってしまったのだから、当然肉体的接触をしなければならない!という妙な義務感にかられてしまった。そして俺は意識し過ぎて、例えば歩いていて肩がぶつかったり、そういう、それまでにもあった自然な触れ合いにさえ緊張してしまった。
 一方カカシさんは、関係の変化にも柔軟に対応できているようだった。前なら、肩がぶつかっても「スイマセン」なんて軽く言って終わりだったのに、恋人、となってからは、肩がぶつかると、にこにこしながら手を握ってくる。俺は恥ずかしくて死にそうだったが、カカシさんが嬉しそうなので何も言わなかった。何も言わずに、俺も嬉しい、と思っていた。
 このように、カカシさんは、底まで成熟した大人の男だった。俺みたいに、妙な意気込みや焦りや緊張なんてものはこれっぽっちも持っていなかった。居心地の良い時間を継続しながら、俺が慣れるのを待ってくれて、時折、極々自然な流れで触れ合った。
 そうこうしているうちに、俺も大分慣れてきて、もっと触れ合いたいと思えるようになった。カカシさんがするように、俺も彼にキスをして、頬を撫でて、抱き締めたいと思った。機は熟したのだ。
 カカシさんは綺麗な人だったから、男だとか何だとかは特に俺には気にならなかった。むしろ、俺みたいな男相手にカカシさんが欲情したりするのか、その方が気になった。結論から言うと、お互い問題なかったが。
 ただ、挿入行為となると、そうも言ってられない。お互い同じように、とはいかない。どちらかが未知の体験をしなければならないのだ。
 その問題にぶち当たった時、カカシさんは、どっちでも良いですよ、と言ってくれた。更には、どっちも嫌なら繋がらなくても良いとさえ言ってくれた。
俺は異性としか付き合ったことがなかったから、挿入行為のないセックスなんてどうも考えられなかった。もしかしたら男同志だったら挿入行為がなくても普通なのかもしれなかったが、俺には妙に不自然に感じた。
 だから俺の方から、下で良いです、と言った。
 下で、と言ったのは、何故か、カカシさんを抱く、ということがイメージできなかったからだ。男として、女を抱くようにやれば良いのだろうとは分かっていたのだが、カカシさんを組み敷いて見下ろし、キスをして、肌を撫でて、というところで想像は霧散する。それよりはカカシさんの好きなように動いてもらう方が、「らしい」と思った。俺達らしい。そう思った。

 しかし少し後悔もした。最初の時は死ぬ程痛くて、実を言うとちょっと泣いた。痛いし、苦しいし、女の代わりにされたようで少し哀しかったりした。自分から言い出した癖に、なんで俺が下なんだ、と思わなくもなかった。
 だけど、泣きながら、俺は、こんな思いをカカシさんがしなくて良かった、と思った。
 それに、終わってからカカシさんは、にこにこ嬉しそうに笑って、ありがとうと言ってくれた。それがとても嬉しかった。
 カカシさんは、そこらの処女相手より面倒な手順を踏んで、死ぬ程我慢して挿入しても、多分俺が痛がるばっかりで大して良くもなかっただろう。俺だって、無茶苦茶に扱いてやっと無理矢理に射精したようなもんで、イった、なんて言えない。
 こんなセックスがあるだろうか。確かセックスって、気持ちよく吐き出すもんじゃなかったか。俺は疑問に思ったが、カカシさんはにこにこ笑うし、俺もカカシさんを痛みや苦しみから守れて満足していた。心が温かくて、優しい気持ちになった。

 それから、色々あって、今では痛みや苦しみもなくなった。つまり初めての時の、カカシさんを守れた、という喜びもなくなった。その代り、ちょっと体験したことがない位の気持ち良さが加わった。
 だけどやっぱり、こんなセックスがあるだろうか、と時々思う。
 今までしてきた、先を望み、焦燥に駆られ、ただ気持ちの良い所へ突き進む、あの行為をセックスと呼ぶのなら、カカシさんとのそれはセックスではない。
 カカシさんとのそれは、永遠にそこにいたいと思えるのだ。この先に最高に気持ちの良いものが待っていると知っていても、終わるのが勿体なくなる。先など無くて良いからただ、このままでいたいのだ。早くいきたいなどとは絶対に思わない。ただ、この温かく柔らかな場所にいたいと願う。
 カカシさんを受け入れ、激しく揺さぶられている時も、死ぬ程気持ち良いのに、ちっとも快楽は鋭くない。全身が柔らかい、丸っこい何かになって、カカシさんを包み込み、そしてカカシさんにも包み込まれているような感覚になる。
 ふわふわとしてとても気分が良い。温かくて柔らかくて、優しい気持ちになる。

 カカシさんとのセックスは、セックスでない何かのように感じる。
 こんなセックスはしたことがないし、こんな思いは抱いたことがない。
 だから、これが一体何なのか、俺には全くわからない。






    「世間はそれを愛と呼ぶんだぜ」










ちなみに私は、カカシさん=成熟した大人の男 童貞 だと思いますよ、イルカ先生。