仲間の命を優先し、任務に失敗したことを、父は時折懐かしそうに話した。
あの頃はもうほとんどおかしくなっていたんだろう。その所為で狂う程苦しんでいると言うのに、本当に、心から懐かしそうに…ほとんど愛おしい恋人のことでも思い出しているような顔をした。

そしてある時、確か死の二、三日前だったと思うが、やはり愛おしそうな顔をしながら父は言った――『仲間の為じゃない、あの人の為だった』。
誰に言ってるかなんて分かってなかっただろう。夢でも見ているような顔つきだった。

カカシはどういうことか尋ねた。
父は、『俺の癖に何故聞くんだ。分かり切っているだろう』と怒った。あの時は良く分からなかったが、今から思えば、父はその時、カカシのことが、父自身に見えていたようだ。小さい頃の自分に見えたのだろう。父とカカシは良く似ていたから。

この頃父が怒ることは珍しかった。大抵はぼんやりとしていて感情を表さなかったのだ。カカシがそれに驚いて呆然としていると、父は怒りをすぐに治めた。
そしてしばらくすると、いつものように表情のない目で遠くを見ながら、『誰かが死ねば、あの人が苦しむから』と呟いた。

カカシは“あの人”とは誰か尋ねた。(カカシはその時、どうしようもなく幼かった。今ならきっと聞いたりしないだろう)
父は、カカシに良く似た曇り空の色の瞳を向けて、カカシをじっと見た。不思議と、元気だった頃より遥かに潤いがあり、透き通った目をしていた。
父はそんな目を少し細めて、抑揚のない声でこう話した。

『お前はまだ知らないだろうけれど、その内にあの人に出会うんだ。出会えば、あの人が欲しくなる。あの人しか見えなくなる。だからこうなった。あの人に出会わなければ、こうはならなかった。出会いさえしなければ、何事もなく生きていけた。――なぁ、これを聞いても、お前はあの人に出会いたいと思うか?』

カカシは父が何を言っているのかよく分からなかった。何も答えられなかった。
父は笑った。多分、笑ったのだろう。その時は既に完全に狂人だったから笑顔などもう滅茶苦茶だったけれど。
その後すぐ、父は死んだ。


あれから二十年ほど経つ。
今、カカシはその一連の出来事を理解し、父を理解できた。

父は“あの人”の為に、仲間を助けて、苦しんで、狂って、それで死んだんだのだ。他人の理不尽や身勝手さを全部受け入れて抵抗しなかったのも、“あの人”のことしか考えていなかったからだ。“あの人”の為に死にたかったのだ。“あの人”の為と信じたかったのだ。

叶わない恋だったのだろう。
狂い死ぬくらいしか出来ない位、何もかも叶わない恋だったのだ。


“あの人”が誰だったのか、カカシは知らない。
だが、ただその時だけだが、ある夜、父がうわ言で誰かの名前を呟いたことを覚えている。
呟き、直後に呻き苦しみ、そして苦しみながら泣きそうな顔で笑った。
それからもう一度、誰かを呼んだ。大切そうに、恐ろしげに。まるで呼ぶことの許されない神の名のように。

父は呼んだ――『うみの』と。


イルカにそれを話したことはない。
言えば苦しむだろう。『うみの』が誰だったとしても、イルカと全く関係ない人物だったとしても、その名を呟いた父の心情とその最期を思って、きっと少し泣くだろう。イルカはそういう人間だ。

しかし、カカシはそう哀しいこととも思えない。
全てを放棄して命を投げ出した父は、それでも、それなりに幸福だったと思うのだ。“あの人”に出会えたのだから。
こうなると知っても出会いたいかと聞いたあの質問も、父自身の答えは、イエス、だっただろう。人生をやり直せたとしても、何度巻き戻せたとしても、父はきっと“あの人”に出会うことを選ぶだろう。

今のカカシにはそれが分かる。
今、同じ質問をされれば、カカシも迷いなくイエスと答えるからだ。

カカシも何度でも、イルカと出会うことを選ぶ。 この先にどんな結末が待っていようと――。










文章も構成も練れてないですが。ただの断片なんで。

余所様の所でサクモさんが出てくると、翌日目が腫れるほど泣けます。
その位好きだけど、中々幸せにしてやれないので、自分ではあんまり書けません。