「二百の思い出を越えて」
(ワンドロ200回目のお題「愛おしい」)人垣の中を、カカシが歩いていた。人々が笑顔で話しかけ、彼は目を細めてそれに応える。この十年、よく見た光景だ。
しかし今日は少し違っていた。カカシはもう笠を被っても、〝六火〟の文字を背負ってもいない。そして彼に声をかけ終えた人々は、すぐに目線を他へと移す――そこには今日就任したばかりの、新しい里長が立っていた。
イルカは群衆から少し離れ、カカシを眺めていた。
だが彼がこちらの方へ向くと、目を合わせないように、視線を足元へとずらした。
彼とどういう顔をして相対せばいいか、迷っていた――今日火影ではなくなったその人は、イルカにとって、かつて〝火影になるから〟別れた男だった。
だが、それももう昔のことだ。火影を退いたからと言って、以前通りに戻るわけではない。分かっている。
だから迷うことなど何もなく、ただ他の皆と同じように微笑んで、お疲れ様でしたと言えば良いのだ。この十年、ずっとそうしてきたように。
イルカがそう考えているうちに、カカシの足はどうも自分の方へと向かってきているようだった。
完璧な微笑みを作ろうと、深く息を吸って準備する。そして落ち着かない気持ちで彼の足を眺め、意味もなくその歩みを数え始めた。
彼の左足が地に着く――1、と数える。
その時、彼と初めて会った日を思い出した。奇妙なほど長い0.5秒だった。
それが次も続いた。2、3、4……数えるたび、落ちて転がった巻物が広がっていくように、彼との思い出が次々と蘇った。
5、6……あの頃はまだ顔見知り程度だった。
だが15を数える頃には、目を細める、彼の優しい笑い方が好きだと思っていた。
20、30……知り合っていく内、何かが少しずつ変わっていった。
40、自分は恋をしていると、分かった。
60、彼も同じ気持ちだと、教えてくれた。
70、80、90……。
唇の感触。素肌の温度。食卓での笑い声。イルカの部屋で無防備に寝転んだ、くるぶしの丸み。微かに笑ったまま、眠りに落ちていく白い頬。
蜜月、というのはああいう日々を指すのだろうか。思い返しながら、イルカはそう考えた。
104、105……もちろん平穏なだけの日々ではなかった。何度も何度も、彼は死線を彷徨った。それでも彼はいつも帰ってきてくれた、イルカのところへ。
そして――
142、あの人が火影になると言った。
143、別れることを話し合った。
別れを願ったのはイルカの方だった。
イルカは、里長たる彼に、余計な火種を抱えて欲しくなかった。彼の重荷にはなりたくなかった。絶対に。
頑なに別れを主張するイルカに、やがてカカシも折れた。
火影とは、何を犠牲にしても、全身全霊で務めるべきであり、またそうしなければ務まらない職だ。彼もそう分かっていて、もうその決意が固まっていたのだろう。半端な真似はできない人だ。見た目よりずっと真面目だから。
144、静かに、繋いだ手を離した。
それから、変わっていく時代に追いつくのに忙しかったせいか、泣き暮らすようなこともなく、思っていたよりすんなりと新しい日常がやってきた。
仕事の話をする為にカカシと会っても、何も無かったような顔ができた。しがないアカデミー教員だとしても、イルカもやはり忍びだったのだ。
151、不意に出会った時の、互いにしか分からない程度の微かな瞳の揺れ。
155、背中に感じる視線。
そういうことも、確かにあった。
だがそれも、しばらくすれば徐々に消えていった。里の家族の一人として、古い知人として少しだけ気安く、穏やかに微笑み合えるようになった。
176、そこから先は、誇らしい思い出だ。
校長になり、子どもたちと直接関わる機会が減った上、一層多忙にはなったが、イルカに悔いはなかった。六代目としての彼の重荷を分けてもらえたのだから。着任した夜には一人、その喜びで泣き出してしまったものだ。
それから余計なことに思い煩うことなく、ただ一心に里の子どもたちの為に働くことができた。カカシともよく教育について話し合った。カカシは里長として、イルカはアカデミーの長として、それぞれの場所で全力を尽くしたと確信できる。素晴らしい日々だった。
数年もそれを続けた時、イルカは理解した。彼の手を離したのは、二人きりの時間を捨てたのは、この為だったと。きっと不器用な自分にはどちらかしか持てなかった。
だから、これで良かったのだ――心の底から、そう思えた。
196、197……思い返す内、その足はもうすぐ側にきていた。
そして、ちょうど200――ぴたりとイルカの前で止まる。
イルカは彼のつま先を見て、その短く切り揃えられた爪の形を、きっと絵に描けるほどによく覚えている自分に気がついた。
ゆっくりと視線を上げていく。しなやかな足、強靭な腿、白い手首――昔と変わっていない。鍛錬を欠かさなかったのだろう。そのどれもを、イルカはよく覚えていた。彼の何もかも全て、忘れられる訳がなかった。彼を想わない日などなかったのだから。
封をしてきた思い出が、押し隠してきた想いが、今になって溢れ出してくる。
だが、今更だ。
きっともうカカシの方はイルカとのことなどすっかり忘れている。
イルカは、何気ないふりをして、顔を上げた。いつもの微笑みを作り上げていた。今までしたきたように、いつも通りに、できる筈だった。
だがカカシと目が合うと、イルカは息を呑んだ。
彼の顔には昔、よく見た表情があった。久しぶりに逢えた夜や、朝の陽の中で、あるいは何でもない会話を交わしている時にも。彼はしょちゅう、この顔でイルカを見つめていた。二人が別れたあの日までは。
あれから決して短くはない時が経っている。しかもイルカが一方的に彼を突き放したようなものだ。それなのに――また、そんな顔で見てくれるのか。
「ねぇイルカ先生、もういいでしょう…?」
低く、甘い声が囁く。もう分かっているくせに、少し不安げなところも、変わっていなかった。
イルカの顔から、長く必死に貼り付けていた仮面が、呆気なく剥がれ落ちる。すぐに彼と同じ表情になったことを感じた。
もう隠さなくていいのだ――貴方が愛おしい、と。
「さしさしきしと」
(お題「乞う」)カカシの目の前に、書類があった。こちらに火影様のサインを、と差し出されたものだ。
そう文字数は多くない。ぱっと見ただけで内容の大体は分かりそうなほどだ。だがカカシにはどうしてもそれらが読めなかった。どうにか視線を紙の上に留めているのが精一杯で、目に入るものを文章として理解できず、そこに文字があることしか分からない。
全く集中できないのだ。机を隔ててすぐそばにイルカが立っているせいだった。
近頃仕事が立て込んでいて、この愛しい恋人と全く会えていなかった。お互い忙しい身だ。そういう時期はしょっちゅうあって慣れてはいる。が、恋しくない訳じゃない。
耐えるのもそろそろ限界で、会いたい、と息を吸うたび思っていた。そこにこうしてそばに来られてしまうともう駄目だ。
顔が見たい、声を聞きたい、触れたい、抱きしめたい――そんなことばかりがカカシの頭を占めている。
仕事中とはいえ、せめて、こっそり指先を触れ合わせたり位はしてもいいと思う。例えば書類を渡したり詳細を説明しようとしたら、誤ってちょっと当たってしまいましたという体を装うとか。
だがイルカはきっとそんなことなど思いもよらず、じっとカカシのサインを待っている。その気配に気を取られ続け、いつまで経っても書類は一文字も読めなかった。
「カカシさん……」
そろそろ不審に思われるかと焦り始めた辺りで、やはりイルカが声をかけてきた。
しかし、あれ、と疑問に思った。いつもなら仕事中は律儀に〝様〟呼びしてくるのに。
「なぁに、イルカせ、ん…せ……?」
内心首を傾げながら、顔を上げようとした。
が、できなかった。カカシの視線は、手元に釘付けになってしまった。
何故なら、イルカの手が伸びてきて、カカシの手に重なったからだ。
それは、ちょっと当たってしまいました、なんてものじゃない。明確で、あからさまで、大胆な触れ方だった。ゆっくり手の甲を撫でられ、指を絡められ、ぎゅうと握りしめられる。カカシは呼吸も忘れてそれに見入った。
カカシさん、ともう一度呼ぶ声がする。その熱っぽい響きに驚いて、今度は弾かれたように顔を上げた。
そこで見たのは、潤み、とろりと溶けたイルカの目だった。まるでベッドの上の時のように。
「ちょ、ねぇどうしたの、イルカ先生? 何かあったの?」
イルカの手を掴み返しながら尋ねる。何かの術や薬の影響下にあるのかと疑ったのだ。
しかしイルカは小さく首を振って否定した。
「…何も。ただ……会いたかったんです」
呟かれた言葉にカカシは目を見開く。俺だってそうだ、と思っても声にはならなかった。驚きと喜びに絶句するしかできない。
手の中にあった筈の書類はいつの間にか机上に放り出されている。そしてそれは今や、イルカの膝の下にあった。
イルカが、机に乗り上がってきたせいだ。
机越しでは足りないと焦れた顔で、行儀や礼節など忘れたような足を持ち上げ、影と記された机を乗り越えようとしている。ただ一心にカカシを乞うて。
あまりの光景にカカシの思考は止まっているが、身体は勝手に動いていた。イルカを受け止めるべく椅子から立ち上がり、両手でその身体を抱きしめる。腕の中に互いの身体がしっくりと収まると、世界の全てがあるべき場所に戻ったという気がした。
何も考えることなく、自然に唇を合わせる。
するとゆっくりと、イルカの舌が割り入ってきた。そして、好きにして、と言わんばかりに動きを止めた。
カカシはその通りにすべく、イルカの後頭部を片手で引き寄せる。差し出された熱く、厚い舌に、己のそれを絡め、扱き、吸い上げてやった。
イルカが鼻にかかった愛らしいうめき声をあげ、身悶えるようにしてカカシに身体を擦り寄せる。
その膝の下で例の書類が、派手に破ける音がした。
それでカカシは――ああ、これは夢だな、と気付いた。
瞼を開くと、目の前にイルカがいた。
ただし、そこは火影室でもなく、熱烈なキスもしていない。寝室の、ベッドの上。腕の中のイルカはぐっすり眠っている。やはり思った通りに、夢だったのだ。
だよね、とカカシは呟いた。イルカは、火影室でイチャイチャなんてしないし、ましてや仕事を放棄したりしない。欲に負けて、行為に夢中になるあまり大事な書類を破くなんて、夢でだって有り得ないのだ。
分かっている、けど、気付きたくなかった。気付かなければ最後まで夢見ていられたかもしれないのに!
カカシは悔しさに呻いて、目の前のイルカを抱く腕に力を込めた。こうして眠ればさっきの夢の続きが見られるだろうか、と瞼を閉じる。
だがイルカの温かい肌と隙間なく触れ合っているうち、次第になんだか笑えてきた。
こうやって現実で抱き締めているのにまだ足りず、夢に見たいほど乞うている。そういう自分が可笑しかった。
するとカカシの吐息がくすぐったかったのだろう、イルカが呻いて身じろぐ。起こしてしまったかと息を潜めて窺うが、その目が開くことはなく穏やかな呼吸が規則的に続いていた。
イルカは確かに眠っている、が、その腕がゆっくりと持ち上がり、カカシの少し冷えた肩や背中を擦ってくれた。
カカシは毛布を引き上げて、目を閉じた。全身を包む、泣きたくなるほどの温かさに浸る。
眠りに落ちながら、次に見る夢について考えた。きっとイルカは会いたかったなんて素直に言ってはくれないし、机を乗り越えて来てはくれないだろう。
だが、そんなものよりずっと良い夢になる筈だ。
ただこうして抱き合って、温かい手で背を撫でてくれる――そういう、これ以上ないほど素晴らしい夢を見るに違いない。
「ごはん、いこ」
「ね、この店はどうだった、イルカ先生?」
グラス片手にイルカを眺めながら、カカシが言った。
締めとして、香ばしく焼かれた握り飯を頬張っていたイルカは、それを咀嚼しつつ、冷酒を手に取る。きりりと辛口の純米酒が、米とよく合った。あまりの美味さに唸り声を上げてから、ようやくカカシに返事をした。
「んんー…っまい! 最高です!」
言いながら、自然と笑みがこぼれ出る。
この店は、握り飯のみならず、何を食べても美味かった。店員も明るく親切で、手際も良い。隣席との距離も適度で、煩すぎず静かすぎず、程よいざわめきが会話を弾ませてくれた。とても良い店だ。
「せんせったら、いつもそればっかりじゃない」
カカシが目をたわませ、ふふ、と喉の奥で笑う。
「いやあ、だって本当にいつも最高なんですよ!」
イルカは本気だと伝えたくて真面目な顔を作ったが、結局我慢しきれずに満面に笑った。
笑みを隠せないのは、飯や酒が美味いから、だけではない。〝いつも〟と言えるほど、もう何度もカカシとこうして食事を共にしていることが改めて嬉しくなったのだ。
もしよければ飯でも、と誘い合うようになったのはいつのことだったか。その頃は互いに残念ながら先約があって行けなかったり、では代わりに何日何時に何処で、といちいち約束をしなければいけなかったものだ。
しかし最近はもう顔を合わせれば当然のように「ごはん、いこ」なんて軽い調子で言われるようになった。イルカの方もそれが当たり前になってしまって、残業が決まっている日を聞かれてもいないのに前もって教えておく位だ。
そうしてカカシが連れて行ってくれた店はどこも素晴らしかった。
「カカシさんて、こんな良い店ばっかりよく知ってますよね」
「いろいろ調べたんだよ。人に聞いたりね」
「へぇ。わざわざ調べて。すごいなあ」
話した勢いで大口を開けて、握り飯に齧り付く。ますます美味く感じた。
元から誰かと食事に行くのは好きだったが、カカシとは殊更楽しい。わざわざ店を調べて、時には予約までしてくれるのは、カカシも同じようにこの時間を楽しんでくれているということだろうか。そう思い、イルカはふっくらとした米の甘みを味わいながら、今夜もう何度目か分からない笑みをこぼした。
だが、カカシが続けた言葉に、イルカの顔は凍りついた。
「そりゃ、美味しそうに食べる人がいるから、ね。その顔を見られるなら何でもするよ」
「そう…ですか……」
カカシの優しい微笑みを見ていられなくなって、イルカは俯いた。
楽しかった気持ちが急激に萎んでいく。気を取り直そうと握り飯を齧ったが、何の味もしなくなってしまった。
カカシは目を伏せ、照れたような微かな笑みを浮かべていた。愛しい誰かを、そう、〝美味しそうに食べる人〟を思い出しているに違いなかった。
カカシが良い店を探したのは、その人の為だった。
イルカと訪れたのはきっと、大切な誰かを、連れて行ってあげる為の、ただの下見に過ぎなかったのだ。
この店はどうだった? といつも聞かれるのも、イルカが気に入ったかどうかを知りたかったんじゃない。嘘がつけないイルカの正直な意見を聞きたかったのだろう。
心の奥に、ぽかんと穴が空いたような心地がした。
何故か自分でも戸惑うほどショックを受けていた。一体何がそんなに、と考える。カカシの目的が単なる下見だったとしても、本来ならそれで構わない筈だ。今まで良い店を教えてもらえたことも、楽しい時間を過ごしたことも間違いない事実なのだから。
だが頭でそう考えてみても、心は違うことを思っていた。
カカシと食事を共にする時間を、こんなにも喜んで、待ち望んで、大切に思っていたのはイルカだけだった。それが堪らなく寂しかった。
黙り込んだイルカの異変を知ってか知らずか、同じく黙ってカカシが酒を呷る。俯けたイルカの視界に、引き締まった白い手首が上下し、空になったグラスを置く長い指だけが見えた。そして、不意に、
「先生もさ、恋に落ちちゃったこと、ある…?」
カカシはそう、小さく囁くように言った。
――恋。
イルカはそれを聞いて、息を呑んだ。
そのたった一語が全ての答えだった。心に空いた穴の名前として、驚くほどしっくりと馴染んだ。
そして同時に、今までどこで何を食べても美味しかった理由も、分かってしまった。
それがカカシと一緒だったからだ。
もちろん良い店ばかりだったのは本当だけれど。だがきっと、カカシと笑って話しながら食べるものなら、栄養を取る為だけの味気ない兵糧丸さえ、御馳走みたいに美味しく感じられるのだろう。
イルカは俯いたまま、カカシの声が聞こえなかったふりをすることにした。
彼の問には答えられなかった――たった今、落ちていたことを知った、そして叶わないと知った、そんな恋のことなんて。
「それからウン十年?」
「イルカせーんせ。ごはん、いこっ」
校長室に現れたカカシが、跳ねるような声で言った。
イルカは笑いながら立ち上がる。ちょうど皆が昼休憩から帰ってきて、そろそろ自分も、と思っていた頃合いだ。
連れ立ってアカデミーから外へ出る間に、何を食べようかと話し合った。一楽だ、いや蕎麦だ、たまには豪勢に鰻でも……と意見を言い合った後、結局よく行く定食屋に決まった。
女将がいつも通りに、奥まって人から目立ちにくい、小ぢんまりとした卓に案内してくれる。見慣れた品書きを一応眺めつつ、イルカが豚生姜焼き定食、カカシはサバの味噌煮定食に決めた。
昼時を僅か過ぎていたおかげで、さほど待たずに湯気の立つ盆が運ばれてくる。
箸を取るやいなや、「はい」とカカシが腕を伸ばしてきた。
見るとイルカの皿の千切りキャベツの横に、サバが一欠片置いてある。イルカがサバも食べたい…と思っていたことがバレていたんだろう。ちょっと照れ笑いしながらお返しに肉を一切れ渡した。
「いただきます」
二人で言って、早速貰ったサバを口に運ぶ。油ののったサバに、香りのいい味噌。とろりと溶けるそれがまだ口の中に残っているうちに急いで白飯を一口。これこれ、とイルカは内心で呟いた。
次は生姜焼き、と箸を伸ばした時、ふと視線を感じて顔を上げる。カカシが箸を持ったままじっとこちらを見つめていた。
「美味しい?」
聞かれて、イルカは咀嚼しながらこくりと頷いた。
カカシの目がたわみ、優しく弧を描く。
ふと、昔カカシが「美味しそうに食べる顔を見たい人がいる」と言った夜を思い出した。その時イルカは、彼が別の誰かを想っているのだと思い込んでしまった。
どうしてそんな勘違いなどできたのだろうか。今となってはそう思う。
彼はいつもこうやって、目を細め心から嬉しそうに、愛しげに、イルカを見つめてくれていたのに。
あれから随分時が経った。
今ではちゃんと分かっているーーこの人の言う「ごはん、いこ」が「愛している」という意味だと。
ようやく自分の食事を始めたカカシを、今度はイルカが見つめる。
彼はまず味噌汁の椀を取り、具が茄子であることに気づいて、目を輝かせた。
イルカは微笑い、同じく味噌汁を啜る。なんて美味しいんだろう、と思った。
「美味しいですねぇ」
しみじみと言う。
「うん」
嬉しそうに笑って頷くこの人ももう分かってくれている筈だ――美味しいのは二人で一緒に食べるからだと。
「晩ごはんは、何食べます?」
「ええー? 今昼食べてるのに晩ごはんの話する?」
カカシは呆れたような顔をしてみせた。
そのくせ少し経ってから、あの焼き鳥屋さんかなぁ…と呟いた。
今夜も、頃合いを見て「ごはん、いこ」と誘いに来てくれるだろう。
「叙述トリックde尻フェス?」
(※とある叙述トリックを使っています)「しかし、まさかこんな日が来るなんてね、思いもよりませんでしたよ」
台所で洗い物をしているカカシが不意に言った。
「イルカ先生と一緒に暮らせるなんて。夢みたい」
ふふっと笑った彼の動きに合わせて、身につけたエプロンが揺れる。
居間に座っているイルカは返事をしなかった。カカシのウエストで結ばれた紐が垂れた辺りを、じっと凝視している。言葉が出なかった。ただ時折ごくり、と生唾を呑み込み、手の平に滲んだ汗を支給服の裾で拭った。
そうこうしている内に洗い物を終えたカカシが振り返って、エプロンを外す。
イルカは慌てて目を逸らした。
逸らした視線の先には、壁に二着のベストが並んでハンガーに掛けてあった。
「…こういうのもいいよねぇ。なんか、同棲してますって感じで」
視線を追ったカカシが嬉しそうに言う。
それからもカカシは何事か上機嫌に話し続けたが、イルカの方は気もそぞろだった。「はぁ」だの「ふぅ」だのおそらく見当違いの相槌をうつので精一杯だ。
やがてそれも限界に達した。
もうダメだ。イルカは意を決して口を開いた。
「あの、すいません……カカシさん……!」
カカシに質問があった。本当は、帰宅して、カカシが出迎えてくれた時からずっと聞きたかったのだが、あまりに驚いてタイミングを逃した。とっさに何事もないふりをしてしまったが、いつまでもこのままではいられない。
「カカシさんは、どうして……」
イルカは絞り出すような声で言った。
「どうして――――全裸なんですか」
「――いやぁ最近急に暑くなったでしょ。服なんか着ていられなくて」
なんとか頼みこんで履いてもらったパンツ一丁、という格好で、カカシが言った。
まさかカカシが裸族だったとは。同棲してみないと分からないこともあるものだ。
「気持ちはわかりますけど、パンツくらいは履いといてください……オレもうピーマン真顔で見られないです」
「うん? ピーマン?」
カカシが首を傾げつつ、お茶を淹れに台所に向かう。
イルカの目はその後ろ姿に釘付けになった。
オレは乳派だったはずなのにな……。
イルカはそう思いながら、パンツ越しでも分かる、筋肉で盛り上がってギュッと締まった尻を見つめる。見れば見るほど、よく育った、採れたて新鮮パッツパツのピーマンそっくりだった。
明日から八百屋の前を赤面せずに通れるだろうか。イルカは不安に苛まれたが、その見事な尻から目を離すことは出来なかった。
(※「服を着ていると描写されていない以上は、全裸の可能性がある」というトリックでした)
