扉を開けた途端、イルカ先生の腕が伸びてきて、俺を抱き締めた。俺は彼の肩に頭をもたれ、日向の匂いのする服に鼻を埋める。
しばし堪能した後、イルカ先生の唇にむしゃぶりついた。一瞬だけイルカ先生は驚いたように唇を引き結んだけど、すぐにゆっくりと開き、俺に明け渡してくれる。任務後で余裕のない俺は、情緒も、プライドもなく、ただもう我武者羅に彼の唇と口腔の全てを味わった。
目を開けて見ると、イルカ先生は瞼をぎゅっと閉じて真っ赤な顔をしていた。それを見て更に余裕をなくした俺は、口付けたまま、イルカ先生の背中と膝裏に手をやって抱えあげ、ベッドへ運んだ。
ベッドのスプリングに跳ねた身体を押さえつけるようにぴったりと全身を密着させ、口付けを深くする。そうしながら、イルカ先生の服の裾から手を入れて、脇腹を撫で擦った。イルカ先生は舌を震わせて、俺の唇の中に微かな喘ぎ声を渡してきた。それは俺の耳と舌を深く興奮させた。
密着していた身体を、惜しみながらほんの少し浮かし、手をイルカ先生の胸まで上げる。肋骨を内側から外側へ撫でるようにしながら、小さな乳首を掠める。口付けを続けながら、それを何度も繰り返した。イルカ先生は、俺の腕の中で身体を跳ねさせ、唇の中で舌を震えさせる。それに俺はみっともない程喜んで、焦らすことなど考えも及ばず、イルカ先生の望むところへ身体を動かしていく。
舌をイルカ先生の舌にぴったりと合わせて撫で摩り、吸い上げ、両手の指先は捏ねるように胸を撫でる。すると、イルカ先生はシーツを掴んでいた手を離し、俺の背中へと回してくれた。たったそれだけで、俺はイキかける位に熱が上がった。
もう我慢できなかった。俺は一旦離れ、半ば引き裂くようにイルカ先生の服を剥ぎ取った。完全に脱がせきることもできず、服が絡まったままの片足を抱え上げ肩に担ぐ。驚いて身を捩るイルカ先生に申し訳ないと思いながらも、いきなりイルカ先生の性器を握り込み、その奥へも手を伸ばす。素早く指を、自分の唇とイルカ先生とで往復させ、唾液を含ませて奥へ入り込む。性急な行為のせめてものお詫びにしっかり性器も愛撫した。
痛みと快楽に耐えるイルカ先生が、可哀そうなほど苦しげに声を上げている。それを聞いて、止めてあげたいと思うのに、どうしても止めてあげられない。
どうしても入りたいのだ。どうしても、どうしても、イルカ先生が欲しい。その望みとジレンマに指が震えた。
すると、イルカ先生はそれに気付いたのか、ぎゅっと閉じていた瞼を開いて俺を見た。俺はきっと懇願するような情けない目をしていただろう。それを見て、イルカ先生はふっと、溜息を吐くように笑った。そして俺の股間に手を伸ばし、導いて見せた。
俺は歓喜に戦慄いた。何も考えられない。俺は素早くイルカ先生の中から指を引き抜いて、彼の両足を抱えた。
そして先端を押し当てた時、イルカ先生は俺に両手を伸ばし、
「おかえりなさい」
そう言って笑った。
「――ただいま」
返事をして、俺は、イルカ先生に両腕を伸ばす。
しかし、その腕は空を切って地へ落ちて行った。
イルカ先生は何処にもいなくなっていた。闇の中、俺は独りで木にもたれて座っていた。
腹が痛い、と思って見下ろすと、左胸から下腹にかけて大きく抉られたような傷があった。
そうだった。俺はやっと思い出した。任務中にちょっとした油断をして、傷を負ったのだ。辛くも敵方を殲滅させて、帰途についたが、傷が大き過ぎて動けなくなってしまったのだった。
「イルカ先生……」
俺は呟く。余りにもリアルな幻だった。
幻術か? と疑ったが、どうやら違うようだ。念の為、解の印を結んでみたが、何も起こらない。
さっきまでのあれは、ただの、俺の夢だった。
実際には有り得ない、ただの夢。
いや、願望、だろうか。
こんな所から離れて、早く帰って、イルカ先生に、優しく迎え入れて欲しかったのだ。
腹が痛む。俺はもう駄目かもしれない、と思った。
今までも何度も危ない状態までいったが、初めて、死ぬかもしれない、と感じた。
俺は死ぬのだろうか。
ここで、独りで死んでいくのか。
考えてみれば、それもおかしくないような気がした。
もう瞼を開けていられる力もない。
俺は瞼を閉じた。
途端に、イルカ先生の顔が浮かんだ。
『おかえりなさい』
そう聞こえた。
そうだ。
帰らなくては。
俺は瞼を開いた。
こんなところで、独りでいる訳にはいかない。
俺は。
「――俺は死ねない」
死にたくなどないのだ。
沢山殺したけど。
今すぐ地獄に落ちたって不思議じゃない位、沢山殺したけど。
だけど俺は死ねない。
俺は気力を振り絞って立ち上がった。
まだ歩ける。
まだ死ねない。
だって――
「イルカ先生とセックスするまで、俺は死ねないんだ…!」
***
「――で?」
「いや、ですからね。そんな訳で俺は生きて戻って来たんですよ、イルカ先生」
カカシさんは、全身包帯だらけの身体と、血液が足りない蒼い顔をしながらも、にこにこと笑っている。
病院に担ぎ込まれたカカシさんが、俺を呼んでいると聞いて駆けつけたら、意外と元気なカカシさんに長い話を聞かされた。途中、というかほとんど聞くに堪えない内容だった。
余りに馬鹿馬鹿しく有り得ない、そのいわゆる妄想に、俺は脱力した。
ベッドに縋りつくように頭を垂らした俺に、カカシさんが両腕を伸ばして俺に抱きついた。
ずりずりと俺の腹に頭を擦りつけながら、甘え声で言う。
「だからね、イルカ先生、俺としよーよ」
「するか、馬鹿野郎! 一生しません!」
「ひどい、イルカ先生っ。俺、瀕死でもアナタの為に帰ってきたのにっ! 一生だなんて!」
ぎゃあぎゃあとカカシさんが喚きながら、巻き付けた腕に力を込めてくる。
それはしばらくして看護師さんがやってきて止めるまで続いた。
「一生なんて嘘だよね? いつかはしてくれるよね? あの夢みたいに……」
叱られてカカシさんは大人しくベッドに横になったはいいが、まだ言い続ける。更には夢を思い出しているらしく顔を赤くした。
俺は布団をかけ直してやり、ついでのようにカカシさんの額をそっと撫でてやりながらも、
「有り得ません」
きっぱりとそう言った。
そう、有り得ない。
カカシさんの見た夢みたいに、カカシさんを自ら受け入れるなんて、俺は絶対しない。
俺はカカシさんとセックスなんてしない。
絶対、一生、しない。
カカシさんが、セックスするまでは死なない、なんて言うからだ。
そしたら俺は、セックスなんかしない、と言うしかない。
当たり前だ。
――それでカカシさんが生きて帰って来るんだから。
そしたら、俺は一生我慢するしかないに決まってる。
例え俺が、カカシさんとだったら良いと思っていても、だ。
全く、カカシさんは何にも分かってない。
カカシさんみたいな人は、ずっと俺とのセックスでも妄想してればいいんだ。
一生俺は妄想をかき立ててやるから。
だから。
お帰りなさい、俺のところに。