※個人の感想です 2


 カカシさんから小さな何かを差し出され、反射的に受け取る。
 ポチ袋だった。
 これは一体…? 首を傾げる俺に、カカシさんは追い打ちをかけてくる。
「貴方を買いたい」と更なる謎の言葉を発したのだ。
 
 俺は首の角度を深めながら、ポチ袋とカカシさんの顔を往復する。ポチ袋は犬の絵が描いてあってかわいらしい。カカシさんは目を細めて微笑んでいて、これまたかわいらしい。俺もついついニコッとしてしまった。
 いや違う、微笑み合っている場合ではない。いかんいかん。
 慌てて、とりあえずポチ袋の中を覗き込む。金だ。ちょっと引き出してみると、250両だった。
 その金額で、ピンときた。
 思いついたのは、俺をモデルにしたぬいぐるみだ。ついこの間、生徒たちと話題になった時に、確かその位の値段で売っていると聞いた。
 きっと、先程カカシさんは「貴方のぬいぐるみを買いたい」と、言ったのだろう。俺が聞き間違えたのだ。申し訳ない。いやでもなんか妙に掠れてちっちゃい声だったもんだから。よく聞こえなくて。
 そういえば、このかわいらしいポチ袋も、ぬいぐるみを欲しがるような女性や子どもを想起させる。誰かに買ってくるよう頼まれたのだろうか。
 しかし俺のぬいぐるみとはいえ、俺が販売している訳ではない。モデルになったというのに一体も持っていないのでお譲りもできかねるのだ。雑貨屋か玩具屋か、どこか店に行って、買って貰わねばならない。
 
 俺は「すみませんが、店に行って頂かないと…」とポチ袋をお返ししようとした。
 するとカカシさんは何故か、ものすごく驚いた声をあげる。
「み、見世…?! イルカ先生、見世に出てるんですか…?!」
 えっそんなに言うこと? 逆にこっちが驚く。
 いや確かに、有名忍者や限定バージョンのぬいぐるみだと売り切れてしまい、店に出てないことも多いようだ。しかし、俺のぬいぐるみはレア商品じゃない。結構アカデミー生や卒業生が買ってくれているらしいが、流石に売り切れなんてことは無い筈だ。
「いやぁ俺なんかだと売れ残ってますよ、ハハ」
「そんな訳…! お、俺が、いくらでも買います…!!」
「え、そうですか? ええとその、ありがとうございます」
 俺は頬を指で掻きながら照れ笑いをした。実際カカシさんがぬいぐるみを大量に買う訳ないので、社交辞令だと分かっている。ただその心遣いが嬉しかったのだ。正直、売れ行きが悪くても俺なんかは全然気にしないのだが。カカシさんは俺と違って繊細だから気にすると思ったのだろう。優しいなぁ。
 
「あの、それで、見世ってどこなの?」
 カカシさんはちょっと恥ずかしげに小声で言った。
 そうか、カカシさんは玩具屋なんかには縁が無くて分からなかったのか。それで俺のところに来ちゃったんだな。なるほどなるほど、と心の中で頷く。
「店は、まっすぐダーッといってシュッと右に曲がるとすぐですよ」
「えっと……? あ、こんな人前じゃ教えられないか…」
 カカシさんは小さく呟きながら困惑している。
 おっと、そうだった。俺の言葉での道案内はざっくりすぎて分からんとよく言われるのだった。本当にダーッといってシュッと曲がれば着くのに。
 地図でも書くか、と考えたが、ハッと思いついて提案してみた。
「よろしければご一緒しましょうか? ご案内しますよ」
 ……なんて、さも親切心100%みたいなことを言っておきながら、実は下心があった。
 俺は以前から、カカシさんに好意を持っている。少しでも一緒にいられる時間が欲しかったのだ。
「お、お願いします…!」
 カカシさんは目を見開いて頷いた。そして、「同伴か……」とか何とか呟く。
 意味が良く分からないが、頷いてもらった喜びですぐ忘れてしまった。
 
 ちょうどシフト終了の時間だったので少しだけ待ってもらい、一緒に外へ出る。
 じゃまっすぐダーッといきますね、と俺は意気揚々と歩き出した。が、カカシさんはちっとも動こうとしない。なんだろう? 
「……待っている間考えていたんですが」
 カカシさんは低い声で言った。ものすごく真剣だ。俺は背筋を伸ばした。
「お願いがあるんです……やっぱり、俺の部屋に行っても、いいですか」
 えっそれだけ? 拍子抜けし、伸ばした背筋を普通に戻す。
「できれば見世には…行きたくないんです。駄目なら仕方ないですが…」
「はぁ…いや、俺は全然構いませんが…」
 俺は首を傾げながら答えた。駄目も何も、別に俺がぬいぐるみを買いたい訳じゃないからなあ。
「よかった…! じゃあこっちです」
 今度はカカシさんが意気揚々と歩き出す。
 しかし何故カカシさんの部屋に行くんだろう。あ、玩具屋さん行くのが恥ずかしくなったとか? 単純に忘れ物だろうか。
 何にせよ、好きな人の家に行けるチャンスだ。余計なことを言っては、ここでさよならされてしまうかもしれない。俺は黙ったままカカシさんについていった。
 
 程なくして上忍寮に着く。
 へぇ~意外と質素~なんてことを思っていると、通されたのは、何故か寝室だった。なんだか無駄に緊張してしまう。
 カカシさんはお茶でも…と呟きながら、すぐにどこぞへ行ってしまった。
 寝室でお茶? どうして居間とかじゃないんだ?
 ……と考えてから、ハッと気付く。
 カカシさんは超売れっ子有名忍者だ。幼い頃から戦場を飛び回って、部屋で寛ぐ時間なんか無かったに違いない。きっと忍具を置く場所やベッドがあれば事足りて、居間なんてものは必要ないのだ。
 それなのに俺のバカ! この中忍! 寝室はどうなの? なんて甘っちょろいことを思いやがって! 俺は自分を罵りつつ、カカシさんの忍びとしての壮絶な生き方を思い、ちょっとだけ泣いた。
 
 しばらくぐじぐじ鼻をすすっていた俺だが、そのうち部屋の様子が気になり始めチラッチラッと見回し始めた。そりゃ好きな人の部屋には興味があるので。
 まず、どれだけ見ないよう頑張っても目に入ってくるのが、卍字手裏剣柄の布団だ。私生活でも忍びたる己を忘れない矜持の現れか……。再び涙が出そうになる。
 だが窓際の写真立てを見てすぐに引っ込んだ。七班の写真と、カカシさんの子ども時代のフォーマンセルの写真。よく似た構図の二枚が並べてある。誰も彼もとても愛らしく、またこれをカカシさんが自ら飾ったと思うと更に愛らしい。自然と笑顔がこぼれ出てしまう。
 うふふと笑いながら振り返ると、机にはカメラが置いてあった。プロが使うような大きな、随分立派なものだ。
 趣味なのかな、とちょっと近寄って見ていると、カカシさんが戻ってきた。
 途端、アッ! と焦った声がする。カカシさんは急いでお茶を載せた盆を机に置くと、カメラを取り上げ、後ろ手に隠した。
「違うんです違うんです! これは、偶々…本当に、偶々置いてあっただけで……俺は、撮りませんから。大丈夫です」
「はぁ……そうですか」
 カカシさんは写真を撮らない人なのに、カメラが偶々置いてあった? 良く分からないが、任務に関わることかも知れないから、これ以上聞かない方が良いだろう。
 
 大変恐縮そうにベッドに座るよう勧められ、俺も大変恐縮しながら端っこに座る。そして座る場所がない為、必然的にカカシさんも隣に腰掛けた。
 よく考えると、カカシさんのベッドの上で、手を伸ばせば触れてしまえそうな程の距離にいるなんて……油断すると鼻血を噴いてしまいそうだ。
 しかし、幸いにも、すぐにその緊張はとけた。淹れてもらったお茶がめちゃくちゃ美味かったのだ。やっぱり高い茶葉なのだろうか。それとも木ノ葉の業師は茶の淹れ方にも長けているのか。
 聞いてみようかな、と思っていると、カカシさんの方が質問をしてきた。
 
「あの……聞いてもいいですか。イルカ先生はどうしてこんなことに…? 金に困っているんですか?」
 こんなこと…というと、今日の話題たる、ぬいぐるみのことだろう。それがどうして金と繋がるのか。そりゃ俺は確かに月末にカツカツになったりはするが……。
 あ、もしかして俺がモデル代を貰ったと思っているのか!
「いやいや、俺は一銭も貰ってませんよ!」
「ええッ! じゃ、益々どうして…? まさか、趣味…ですか?」
「いや趣味ではないですね」と、そこは即否定した。ぬいぐるみになりたいご趣味の人がいるとは聞いたことがない。
 しかし改めてどうしてと聞かれると困った。ぬいぐるみ化したのは俺の意思じゃないし。恐らく火影様の方には販売許可を取ってるとは思うが、俺本人には何の連絡もない。いつの間にか発売されていて、その事実を生徒たちから聞かされたのだ。
 有名忍者でもない、ただのアカデミー教員なのに、どうしてこんなことに? とは俺の方が聞きたい。
 まぁ多分、主な購入層である子どもたちへの知名度が高い為だとは思う。
 現生徒や元生徒が買ってくれたらしいし、またその子たちの妹弟がアカデミーごっこ遊びに使っていると聞いたこともある。子どもたちの里への愛着形成に一役買っているところがあるかもしれない。
「うーん…考えてみると、まぁほとんど任務というか、里のため…ですかね」
 俺は照れつつ、そう答えた。ぬいぐるみ程度でそんな大げさすぎかな…ちょっと恥ずかしい。
 
 が、カカシさんは更に大げさだった。
「そんな……」と呟いて、片手を口元にやり、息を呑んでいる。俺なんか変なこと言ったっけ? と不安になるくらいだ。
「カ、カカシさん…?」
 様子をうかがおうとすると、先にカカシさんが動いた。
 ガッと俺の両肩を掴むと、恐ろしいほど真剣な目で見つめてくる。そして胸が痛くなるような切実な声で言った。
「俺達は忍者……忍び耐える者だ。俺も里のためなら何だって出来る。だけど、こんなことは…ひどすぎる……。イルカ先生、もっと自分を大切にしてください…!」
 
 そ、そんなに?! ぬいぐるみにされるのって、そんなに屈辱的なことだったのか…?!
 俺は、「でもカカシさんなんかもう色んなバージョンでぬいぐるみ化されてますよ」という言葉をゴックンと呑み込んだ。
 この様子じゃそんなことカカシさんに知れたら激怒して、販売元を雷切ってしまうかもしれない。カカぬいは、里の誉れに純粋に憧れる子どもたちから、不純に憧れる薄汚い大人達まで大人気なのだ。今更、販売中止! 回収! なんてことになったら里中がお通夜のようになってしまう。申し訳ないがカカシさんが知らないのなら、そのままにしておいた方がいい。我ながら賢明な判断だ。
「ええと…ご心配は嬉しいんですが、俺は平気ですので…」
「貴方が平気でも…! 俺は…ッ!」
 カカシさんは喉を詰まらせ、言葉を失った。
 なんかちょっと目が潤んじゃってないか…? そこまで嫌なのか…ぬいぐるみ化……。
 今日、玩具屋に連れて行かないで良かった。多分カカぬいも置いてあるだろうからな。危なかった。
 
 俺がこっそり安堵の溜め息を吐いている間も、カカシさんは苦悩の表情だ。何か言いたげに俺を見つめている。きっと適切な言葉を選んでいるのだろう。受付所でもたまにある。思慮深い人なのだ。
 そしてありがたいことに、カカシさんが話し出すのを待つ間、俺は彼のきれいな顔を見放題。いつも見惚れてしまう。
 ぽかーんとしている俺に対し、カカシさんは真剣だ。
 やがて思い切った様子で、唇を開いた。
 
「俺……イルカ先生が好きなんです…! ずっと好きでした……だから黙って見ていられない。火影様に直談判したっていい。もうこんなことは止めてください…!」
 エエエッ! 心の中で叫ぶ。まさかそんな話になるとは思わず、言葉が出なかった。後半はまた大げさなことを言っていた気がするが、もはや気にできない。
 こんな素敵な人と俺如きがどうにかなろうなんて微塵も思ってもいなかったのに。この展開は都合が良すぎる。夢かもしれない……。
 そんなことを考えて黙りこくっていると、俺の肩を掴んでいたカカシさんの手が、ゆっくりと離れていく。俯いた彼は、世にも悲しげな顔をしていた。
 ハッとして、慌ててその手を握りしめた。
「カカシさん…! 実は俺も、貴方が……」
 そっと、俺も想いを告げる。
 二人とも、信じられない、という顔をしていた。だから確かめるように、おずおずと身を寄せ、抱きしめ合った。
 二つの湯呑みがベッドに転がる。幸い、中身はもうとうになくなっていた。カカシさんのお茶がとても美味しかったおかげだ。
 
 
 その後、お互い照れ笑いしながらカカシさんの部屋を出て、俺はスキップしながら帰った。
 その途中、玩具屋に寄ることにした。
 例のポチ袋は結局返せておらず、俺が預かったままだった。誰かにぬいぐるみを買ってくるよう頼まれたのなら、俺が買ってきて渡せばいい、と思ったのだ。カカシさんのぬいぐるみ化することへの屈辱感はよく分かったが、頼まれ事を放置は良くないだろう。
 
 店内に入った途端、カカぬいが置いてあった。危ないところだった。連れてこなくて本当によかった。
 パックン付きとか暗部姿とか色々バージョンがあるのに、そのどれも残り数体の様子である。さすがカカシさん、大人気。
 その隣に、新発売、と書かれたぬいぐるみが山になっている。
 これが、多分、俺だ。鼻のところに傷があるし、髪型も同じ。が、随分目がつぶらで黒目がちで、全体もまるっとした赤子のような愛らしい姿なので、にわかには信じられない。俺がこんなにかわいらしく見えるわけがないのに。値札のところやタグを何度も確認してしまった。
 
 テキトーに一体掴んでレジまで行った時、気付いた。よく考えると、自分のぬいぐるみを自ら買うの結構恥ずかしい……。
 だがカカシさんを玩具屋に来させるわけにはいかない。仕方がないのだ。これもカカぬいを愛する里の皆さんの為…!
 これ見よがしにかわいらしいポチ袋を見せつけつつ、「いやぁ人に頼まれちゃいましてね、ハハ」なんて聞かれてもいないのに言い訳しながら買った。
 自分で言っててすごく嘘くさいと思う。実際ほんとに人に頼まれたので「本当ですよ、本当なんです」と言い募りたかった。が、寸でのところで逆に嘘っぽくなると気付いて止めておいた。今日の賢明な判断その二だ。
 
 次の日、カカシさんと夕飯をと共にしようと約束していたので、早速ぬいぐるみを持っていった。
「カカシさん、これ、例の……」
 何となく大っぴらに言いづらく小声で言って、ぬいぐるみを渡した。
 カカシさんは手の平に乗せたそれを、無言でじっと眺める。ぬいぐるみになどなって、無残な姿だとでも思っているのだろうか……。
 
 しかしカカシさんの手の上にいると、心なしかイルぬいも誇らしげな顔に見える気がする。
 思えば、ぬいぐるみがきっかけでカカシさんと想いを通じ合えたのだ。ドヤ顔も間違っていない。ありがとうイルぬい。
 などと思いつつ、続いてレシートと、おつりを入れたポチ袋を返す。
「242両だったので、8両おつりです」
 
 するとカカシさんは、
「なるほど……」
 と消え入りそうな声で呟き、その場に膝から崩れ落ちた。
 
 
 ***
 
 イルカ先生はお金を払えば誰の家にでも来てくれるらしい。たった250両で。いろんな服を着せて楽しめるし、写真まで撮らせてくれる――
 
 事実をこう羅列すると、確かにいかがわしい。先生は金に困って身を売っているのか……と思ってしまった俺を誰も責められない筈だ。
 だが冷静に考えれば、そんな訳はない。
 結局、それはぬいぐるみの話だった。
 全く馬鹿みたいな勘違いをしたものだ。
 だがそのおかげで、俺はイルカ先生と両思いになれた。
 
 後日、俺をモデルにしたぬいぐるみもあると判明したので、イルぬいも独りじゃ寂しいだろう、と一体買い求めた。並べて座らせると、自然と二体の丸い手がくっついて繋いでいるみたいになる。いつも仲良しで、まるっきり俺達みたいだ。見るたびに笑顔になる。
 
 ちなみにこの二体はイルカ先生のおうちに置かせてもらっている。そしてぬいと一緒に俺自身も転がり込んだ。今やほぼ同棲状態、もう俺の家には帰っておらず、ほとんど物も置いていない。
 
 つまり、イルカ先生を買うことで、笑顔があふれ、部屋が綺麗になり、素敵な彼氏ができたのだ。
 そう、驚くべきことに、先日の女性が語っていたことは本当だったと、ここに証明されたのである。
 イルカ先生はすごい。全人類に購入を強くオススメする。

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