「ムシャクシャしてやった」「かわいいひと」「西瓜」「日常」「手を握る」「写輪眼のカカシの、普通の日々」


「ムシャクシャしてやった」

ムシャクシャしたので、夕飯に揚げ物をしてやった。

カカシさんは天ぷらを筆頭に、総じて揚げ物が苦手だ。つまりこれはちょっとした嫌がらせである。
色々あって頭にきていたのだ。
本当はふて寝しようと思っていたが、カカシさんが呑気にやってきて腹をぐうぐう鳴らすものだから、カッとなって気が付くと油をドバドバ鍋に注いでいた。
買い物もしなかったから、冷凍のイカと、干からびかけた玉ねぎしかなかったが、気にしない。イカは解凍してぶった切り、玉ねぎも皮を剥いてぶった切る。適当に衣を付けて、適当に揚げてやった。
出来上がったものを、どすんと食卓に置く。今日の夕飯は、何となくべちゃっとしてて、所々衣の禿げた揚げ物二種、以上である。キャベツもない、ご飯もない。ただ白い皿の上に、イカと玉ねぎが乗っている。
妙な感じである。
自分でもそう思ったが、無言で食べ始める。カカシさんはぽかんとした顔で、皿の上と俺を交互に見た。
文句があるなら食うな、という言い草が、作った人間には許されている。俺はカカシさんがもし何か言ってきたら、そう返すつもりだった。
カカシさんは箸を持ち、しかし揚げ物には手を付けず、引き続き俺と皿を交互に見ていた。
俺一人黙々と食べ、残すはイカと玉ねぎが一つずつだけになった時、
「――イルカ先生」
意を決したような声で、カカシさんが呟いた。
俺は口に入っていたものをゆっくり咀嚼し、顔を上げた。
カカシさんは戸惑ったような表情で、箸を置き、皿の上に残ったイカと玉ねぎを手でつまみ上げた。
そして、
「これは、婚約指輪だと思って良いですか」
と、言った。
それから「俺も、そろそろと思っていました」とか何とか言いながら、丸く切ったイカを揚げたもの、すなわちイカリングを薬指に通し、同じく丸く切った玉ねぎを揚げたもの、すなわちオニオンリングを、にこにこしながら俺に差し出した。

俺はカッとなって、イカリングとオニオンリングを引っ手繰り、
「明日、ちゃんとしたのを買いますよ!」
と言って、むしゃむしゃしてやった。

後悔は、していない。









「かわいいひと」

「ハァ? 誕生日ぃ? アンタ馬鹿ですか、いい歳してそんな」
朝、受付所の前でカカシさんに会ったのでお祝いを言ったら、そう返された。

「あーそういえば何日か前もアンタそんなこと言ってきたよねぇ。そういえば今日だっけ? しっかし、誕生日なんていっこ年食うだけじゃないの。それとも何、老いたなっていう嫌味?」
横目で睨み付けられ、俺は「いや、そんな…」とか何とか言いながら曖昧に笑う。

「アカデミーのガキ相手ならともかくさー、この年になって目出度くもないっての」
カカシさんは言いながら、くるりと背を向け、壁に片手をやると、深いため息を吐いた。 それから更に、誕生日に対する文句を長々と言い連ねた。

「全くほんと迷惑だよね、アンタも何処から調べてきたのか知らないけど」
カカシさんは心底嫌そうな声で愚痴る。

だが、そのポケットからは、“期待”が飛び出しているのが見えていた。
――畳まれた紙袋である。

「大体さぁ、俺たち忍びなんだから――」
なおも言い続ける姿を見て俺は、可愛い人だなぁと思って、意地悪せずに、バッグから、用意していたプレゼントを取り出した。

ちなみに、以前から色々な人に今日のことを言い触らしておいたから、きっと、カカシさんの紙袋は無駄にはならない筈である。









「西瓜」

「イルカ先生のばかー! ヘソから芽が出ちゃえば良いんだー!」
とかなんとか叫びながら、カカシさんがドロンした。忍者であるので、嘘偽りなく文字通りドロンである。ご丁寧なことに正式に葉っぱも飛ばしていった。
馬鹿とはなんだ馬鹿とは、とか、私情で忍術を用いるなんて、とか、葉っぱは誰が掃除するんだ、と憤慨しながら俺は、とりあえず風呂に入ることにした。追ったりはしない。怒っている。ともかく怒っている。
何故なら、何だかカカシさんは俺が悪いみたいな雰囲気の捨て台詞を吐いていったものだが、どう考えても俺は悪くないと思うのだ。

ことの発端は、スイカであった。
夕食後に二人で食べたそれは、良く冷えていて、初夏である今はまだ値の張るもので奮発したという意識もあるからか、ひどく美味しく感じられた。これが冬だったならこうも美味くはないのだろうなぁと思いながらかぶりついていると、カカシさんが突然こう言った。
「イルカ先生、今、種食べたデショ」
「あれ、そうですか? 気付かなかったな」
俺はそう答えた。実際気付かなかったのだ。だからそれしか言い様がなかったし、そもそも種がどうのと気遣ってもいなかったのだから、それ以上のことも言えなかった。
構わず食べていると、しかし再びカカシさんは言った。
「ほらー、また食べてるよ?」
やけに種に拘るな、と思って、ふと見ると、カカシさんの皿のスイカはまだほとんど食されておらず、穴ぼこだらけだった。種を先に取っていたのだろう。
変わった人だなぁとは思ったが、種を取ること自体に異論もなく、かと言って真似して種を絶対に避けようという気も起きない。つまりどうでも良かった。
だから、
「種くらい良いじゃないですか? 別に」
素直にそう言った。
それが、どうも気に障ったらしい。カカシさんは急に立ち上がって、
「じゃあアナタはぼりぼりぼりぼり種を食べても平気だっていうんですか!」
と言った。
そうは思っていないけども、という俺の言葉は言う前にかき消される。
「種ですよ! 種と言ったら食うもんじゃないでしょう! 植えるもんです!」
そう叫んだカカシさんがあんまり独断的だったので、俺もカチンときてしまって、「カボチャだってひまわりだって食用になる種はありますよ!」と言い返した。
するとカカシさんはかっと口を開いたが息を吸い込んだだけで何も言わず、しばらく何か言いたげにもごもごと唇を動かした。何か、言いたいらしい。色々言いたいらしいが、しかし、結局言ったのは冒頭の言葉であった。

――という訳である。
湯に浸かりながら、ひとしきり回想してみたが、やはり俺には非はないように思った。 そう結論付けると、湯船から出た。怒りはもうない。風呂は良いものである。
頭を洗った後、ごしごしと身体を擦っていると、結局あれは何だったのだろう、という疑問が冷静に湧き出た。良く考えるとあんな言い合いをするような内容だっただろうか? つまり論点は、「スイカの種は食うものか否か」である。答えはまぁ、否であろう。そんな分かりきったことで喧嘩紛いのことが出来るなんて、大概俺たちも子どもだなぁ、と笑えてきた。
更に身体の泡を流す内には、何だか優しい気持ちになって、俺が折れれば良かったのかな、とも思うようになった。
カカシさんが可笑しなほど種を目の敵にする位、黙って見ていれば良かったのだ。カカシさんは種を食うのがどうしても許せないのだろう。どうでも良いと思っている俺の方が妥協する余地がある。
脱衣場で水滴を拭いながら、ならばカカシさんには謝ろう、と考えた。
やっぱり種のことはどうでも良かったし、カカシさんの種への執着は異常な位だとは思っているけれども、それはともかくとして、これからは食わずに気を付けるということは俺にもできる。それを伝えよう。

そう決めて、風呂から出ると、カカシさんが戻って来ていた。
テレビに向かって、子犬が数匹戯れている映像を、僅か目尻を下げて見つめている。俺に向かって、「ほらこれ、生後2週間だって」と上機嫌に言う。
「あ、残ってたスイカは冷蔵庫に入れときましたよ」とさえ言ってくる。俺が何にもしない内にカカシさんの中で事は終わったようだ。
世話のない人である。
ともかく、流されたのならば流すのが筋なので、俺も何にもなかった振りをして、冷蔵庫に向かった。風呂上りで喉が渇いていたのだ。
ビールはあったかなあ、と思いながら冷蔵庫を開けた。中を見る。

すると、そこには、丁寧にほじくられた跡のある、種無しカットスイカが鎮座していた。
全く、世話のない上に有り難い人である。









「日常」

深夜のイルカ宅では大抵、イルカは、持ち帰りの仕事を片付けている。
文机などはないから、居間の、冬にはこたつにもなるちゃぶ台に向かう。その前で、彼はきっちりと正座していたり、胡坐をかいていたりする。その仕事によって、自然とそれが変化するのだ。
その横で、カカシがうつ伏せに寝そべって本を読んでいる。それはイルカの場合とは違って、大抵、と言うことは出来ない。本を読んではいるが寝そべってはいない時、あるいは違うことをしている時もあるし、またカカシ自体がいない場合も多い。だが少なくとも任務等のない夜は必ず、イルカ宅の居間、イルカの横にいる。
彼らの向かい側にはテレビがある。電源は点けられているが、ボリュームは極控えめにしてある。ペンの走る音や、ページをめくる音の方が大きい程だから、つまりそれはきちんと見るために点けられている訳ではなかった。
ある時間になると、二人は同時にテレビに目をやる。画面上では通販番組が始まったところだった。彼らは最初の商品が何か確認する。時折は「へぇ」という感嘆詞や、興味深い熱心な視線を注ぐこともあるが、ほとんどはちょっと見て、すぐ、電源を切る。
それからイルカは書類を片付け、カカシは本を置く。立ち上がり、それぞれちょっと水を飲んだりトイレに行ったりした後、寝室へ移動する。
明かりは一々点けない。暗闇の中、イルカが目覚まし時計をセットし、その間にカカシが掛け布団をまくり上げて、ベッドへ乗る。時計を枕元に置いたイルカが、続けてベッドに入り、掛け布団を首まで引き上げる。
彼らが出会って、特別な関係になった時、共に夜を過ごすのはやはり特別なことだった。だから、大抵、同じベッドに入れば何かしら特別な行為をした。それはもちろん熱情の所為も多分にあったが、半ば反射的に行われる、習慣のようなものだった。
今や、それらは全く逆転している。同じベッドに入っても、寝つきの良い彼らは、口づけを交わす間もなく、すぐに寝入る。激しい感情や欲求に突き動かされ、求め合うことも当然あるが、そちらの方が珍しくなった。
人が見れば、彼らの間の特別な情がなくなったと思うかもしれない。しかし、彼ら自身は満足していた。
彼らは静かに寝入り、大抵は朝まで目を覚まさない。恐らくは全く別の夢を見て、しかし同じ朝を迎える。そうして変わらない日常をまた送る。それがより、特別ではない普通のこととなるように。









「手を握る」

緩く弧を描いて伏せられているその左手に、そっと俺の右手を乗せる。ちょっと冷えた手の甲と指先を、全部包んで温めてあげたら――
――違うなぁ、と思った。

それは、何故か突然ふって湧いた想像の話だ。
俺は今、イルカ先生と居酒屋のカウンターで、彼の左側に俺、といういつもの定位置で呑んでいる。
そんな中、先程ふと、テーブルの上の彼の左手が目に入った。そして思ったのが、それだ。

もう一度、同じ想像をしてみたが、結果もやはり同じだった。
どうも違うなぁ、と思う。物凄く違和感がある。

いったい何が“違う”のだろう、と考えて、良く見ると、彼の手のサイズに気が付いた。
俺のと同じ位の大きさだ。この人は女じゃない。女の細くて小さい手にするみたいにはいかないのだ。だから、想像したみたいに、全部包み込むようにはならない。
彼と手を重ねるときっと、彼と俺の同じところが触れ合うだろう。手首は手首に、平は平に、薬指は薬指に。もしかしたら、何となく俺の方が指が少し長いような気がするから、ちょっとくらいは指先がはみ出るかもしれない。でも親指は同じ位だろうから、血を使う術の為についている噛み傷は合わさるに違いない。

だから、彼と手を繋ぐなら、今まで女にしてきたみたいに一方的なのじゃなく、同じところを同じところに合わせる、重ね合い、握り合う形が良いだろう。
手全体をぴたりと合わせて、満足したら指を交差させてぎゅっと握り締め合う。
そうだ、それは良い。全然、違和感がない。

そう考えて、満足し、それをイルカ先生に話そうとした丁度その時、俺は気付いた。 そもそも、男同士で手を繋ぐこと自体に違和感を抱くべきであったということに。

そして――自分が彼に恋をしているということに。









「写輪眼のカカシの、普通の日々」

俺たちの日常? 別に普通だよ。派手なことなんか何もない。飯食って糞して風呂入って寝て。ま、合間に任務とかが入るけど。細かく知りたい? どうしても? 仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ。
……と言ってもねぇ、本当に普通だからなぁ。もしかしたら普通より質素で下らないかも。
この前も我ながら凄く貧乏臭いことしたし。イルカ先生とスーパー中回って、どっちがよりお買い得品を見つけられるか競ったりね。おかげでその日の夕飯は脈絡ない献立になったよ。それにしても、金なんて腐るほどあるんだけど、40%引きのシールって、心躍っちゃうよねぇ。もちろんいらないものは買わないよ。実際金は腐らないけど、食いもんは腐るからさ…って、イルカ先生に怒られたからなんだけどね…。
怒られたと言えば、良く俺はイルカ先生に怒られてるイメージがあるみたいだけど、俺が先生を怒る時だってあるんだよね。
例えば、洗濯用の柔軟剤。イルカ先生って、詰め替え用のパッケージから、詰め替えないのよ! 『封切って→ボトルに入れる』、それだけのことなのに、何故か、『封切って→洗濯機に入れる』の。信じられる?! しかもあのふにゃふにゃのパッケージでそのまま置いておくもんだから、俺、何かの拍子で倒しちゃって。床ぬっるぬる。
もうこの時ばかりは俺も怒ったね。何で詰め替え用を詰め替えないんだ! って。
イルカ先生? 拗ねてたねぇ。悪いとは思ってるみたいなんだけど。何か、あの人独自の哲学みたいなものがあるのか……もしくは詰め替え用に慣れてなかったりして? 前は柔軟剤も使ってなかったし。
後は、漫画雑誌持ってトイレにこもる時ね。意味分かんないでしょ。何で部屋で読まないのかな。ちなみに、ヌイてんの、って聞いたら殴られた。ま、もちろん本気で言ってる訳じゃないよ。ヌく暇は与えてないからねぇ。
うーん、まぁそんなこんなが日常よ。下らなーいことして、怒ったり怒られたりさ。
普通でしょ。ホント、普通。
何処かの都市の偉い人は、俺たちみたいな男同士二人のことを不自然だとか欠けてるとかって言ってるらしいけど、俺たちは普通だよ。イルカ先生と出会う前は不自然だったけど。出会ってからは普通になったの。
相変わらず合間に人殺しも入るけど。でも、飯食って糞して風呂入って寝て。愛し合って。それだけ。
ほらね、普通でしょ。